第9章「ことう」 5-3 ヤマハル浮上
船長席に座っている……いや、置いてあるのは、銅鐸に近い形の、青銅製の鐘のような物体であった。しかし、錆びて緑青の浮いた青銅色ではなく、鋳たばかりで金銅色に輝いている、ビカビカの銅鐸だった。
その銅鐸の上部から3分の1ほどの部位に、表と裏の両面にそれぞれ1つずつの合計2つ、文様に囲まれて臙脂色にまで近い真っ赤で大きな宝石が埋まっていた。
赤色シンバルベリルである。
これは純粋に、ロンボーンの使用する魔力を得るためのものだ。
そのシンバルベリルが、光った。
ロンボーンも席より宙に浮きあがり、艦橋全体を見下ろす高い位置に浮遊する。
「炉に火が入った!!!!」
既に、直接操作ではなくスピースによる船のコントロール方は再構築している。
全システムを立ち上げ、次元転換回路も再起動。
船が、3523年ぶりに浮上を開始した。
ゲベル島が大地震に見舞われたように揺れ、振動により大きく周辺に波が立って、浅瀬に停泊しているラペオン号を押し流した。
ゲッツェル山の山麓に虹色のカーテンというか、オーロラめいた光が立ち上り、長さ2キロの光の幕を作った。
それを見やった避難中のゲベル人たち、天が割れ虹色の光が降り注いだ伝承を思い出して、みな放心してその光を拝み始めた。
「ルーテルさん、あれ見ろや!」
島の上空を低く周回していたルートヴァンとフューヴァ、流石に驚愕。
高度と距離を取り、光から離れた。
「でっけえぜ!」
「ゲベラーエルフの伝承と同じ……いや、逆だ! かつて、天が割れて落ちてきた大船が、いま、再び浮上するんだよ!」
「あれが『船』だって!? 何で、急にそんなことになるんだよ!?」
「分からないが……たぶん、聖下がらみだろうな……!」
「ストラさんが、どうからんだら、あんなことになるんだ!?」
「だから、分からないって!」
「ルーテルさんでも、分かんねえことあるんだな!」
「あたりまえだろ!」
ルートヴァンとしても、本当に様子見しかできない状況であった。
(最悪……僕とフューちゃんだけで、脱出することになりそうだ……)
ルートヴァンはそこまで想定し、慎重かつ周到に準備を始めた。
次元断層効果による発光現象に続いて、いよいよ次元潜航状態のまま長く休眠していたスライデル星系殖民開拓宇宙船「ヤマハル」が、3523年ぶりにその姿を三次元に現した。全長約2キロ、直径約200メートルの細長い棒状の船体が、ゲッツェル山の麓から次元を割って浮かび上がる。
次元潜航中は、場合によって時間の経過が三次元と異なるが、それでも3500年を経た船体は相当に痛んでおり、船体の各部から最外壁を構成している物体が剥がれ落ちて、雨か雪のように島に降り注いだ。
その物体こそ、ゲベル人が利用していた薄い金属箔であった。
古代にヤマハルがこの島に不時着した際も、このように大量に島に降り注いだのだ。それを、現在でもゲベル人が採集して利用していた。
休眠中だった殖民奴隷10万人のほとんどが、生命維持のためのスピースの供給が絶たれて、とっくにミイラと化している。
それなのに、ロンボーンはどういう理由で、ここまで宇宙船の再起動とスライデル帰還にこだわるのか……。それはもう、恐らくロンボーン自身にも、分からなくなっているのだろう。
まさに、狂気のみが、ロンボーンを構成し、支配している。
「うっひょおおおおおお~~~~!! さっきの御宝が、たんまりと降って来てるでやんすううう~~~~!!!!」
虹色の次元光とヤマハルの照明で昼より明るい空を見上げ、プランタンタンが両手を上げて踊るように跳びはねた。
ペートリューは大口を開け、呆然としてその光景を凝視し、口の中に船体外皮の破片が入って咽こんだ。
そして、水筒のスドイヌリイをがぶ飲みする。
「プランタンタンさん……逃げましょう」
プランタンタンは聞いておらず、降ってくる金属箔を性懲りもなく捕まえ、拾い集めていた。
「プランタンタンさん! それは、御宝なんかじゃあないですよ! 逃げるんです!」
珍しく切迫したペートリューの声に、プランタンタンも驚いて振り返った。
「ペートリューさん……逃げるって、どこにでやんす?」
「どこでもいいです! とにかく、ここ以外のどこかに逃げるんですよ!」
「そりゃあ、逃げるのは大の大得意でやんすが……ストラの旦那もルーテルの旦那もいねえですし、逃げるったって、走るしかねえでやんす」