第9章「ことう」 5-1 ストラ分解~スピース文明
景気よく敵に塩をやるほど、ストラもエネルギー総量的に余裕がない。
出力を落としたのは、そのためだ。
ストラがテヌトグヌに最接近し、右ストレートに近い直線で拳を叩きこんだ。
テヌトグヌ、またも次元反転。
が、ストラが次元干渉でそれを阻止した。
準戦闘モードでは、次元干渉計プログラムと、直接攻撃用の大規模エネルギー操作系プログラムを同時に行使できるのだ。
だが、既にテヌトグヌの意思も意識も、その思考すらも、ロンボーンのものだった。
罠は、次元網ではなく、テヌトグヌそのものだったのだ。
ストラの直接接触攻撃を「引き出した」のである。
複雑な次元干渉及び次元操作によりテヌトグヌは多重に次元複写され、ストラの攻撃で蒸発したと同時に復元、ストロボのようにそれが繰り返され、その都度、次元が陥没した。
ストラはそれに捕らわれて、次元陥没に巻きこまれながら、理論上、永久にテヌトグヌを攻撃し続ける。
ストラとテヌトグヌが、一直線にミキサーに向かって突き進んだ。
そして、充分ストラを引きこんだロンボーンが最後に次元複写を解除。
次元の壁が突き破られると、超凝縮魔力のミキサーの口がストラを捕らえていた。
すなわち、魔王ロンボーンは、現状のストラを超える次元干渉能力と演算速度を有してることになる。
(まさか……!)
全身のテトラパウケナティス構造体が、豪快に分解された。
5
ロンボーンは、殖民開拓奴隷を満載した宇宙船「ヤマハル」の技術主任だった。
結論から云うと、ストラと異なり、ロンボーン達の文明はこの世界と同列の宇宙であり、従って魔力文明だった。
もっとも、彼らに「魔力」という概念は無く、魔法文明とは少し異なる。
彼らは、この世界でいう魔力、ストラが定義する魔力子であるところの高いエネルギーを保有した素粒子を「スピース」と呼んでいた。
従って「スピース文明」と定義できる。
膨大なスピース振動から得られるエネルギーを動力源に、独自理論による次元航行システムまで構築していた。
宇宙船「ヤマハル」は、目的地の開拓惑星を目指して、12隻の船団を組んで次元航行中に、この太陽系の近くを流れている超巨大な「魔力の河」すなわち彼ら流に云うと「宇宙規模の超高濃度スピース雲流」の突然の乱れに巻きこまれてスピース炉が暴走。緊急次元脱出し、この惑星に強制不時着したのである。
不時着したのは、ヤマハルだけだった。
その際、宇宙船はそのまま島の地下というか火山の下に次元ごと陥没して、スリープ中の移民を含めた搭乗員10万人のうち、命からがら脱出できた数千人が生き延びた。
その子孫が、ゲベル人である。
宇宙船から持ち出すことに成功した僅かな機器を使って気候を変動し、同じく宇宙船に摘んでいた殖民用作物のマッピやスードイを栽培して、3500年ものあいだ、なんとかやってきたのだ。
ロンボーンは生き残りのリーダーとして、生活の安定を確保したのち、宇宙船「ヤマハル」の修理と再起動を第一目標に、行動を開始した。この世界のスピースの使用方(すなわち魔術)を学び、自身の精神すなわち魂魄を「器」に移して長寿命を会得。世界を何週も放浪し、時にはゲベロ島に帰ってヤマハルを修理して、不時着より約2500後にタケマ=ミヅカと出会った。シンバルベリルを知ったのも、そのころだ。というより、シンバルベリルはこの世界に誕生して、まだ1000年と少しなのである。
かつて、魔法戦士タケマ=ミヅカと共に世界の再構築を行った6人の冒険者仲間のうち、「天の眼」ことバレゲルエルフの聖女ゴルダーイと、当時既に2500歳を超えていた魔術師ロンボーンが、後に新たなる魔王と化した。
残りの4人のうち3人が神聖帝国内に国をうち建て、そのうちの2国が現在も続いている。皇帝を最も多く輩出しているチィコーザ王国と、逆に知る人ぞ知る最辺境の帝国内最小国トロメラ市国である。なお残りの1国は、皇帝府の古文書を信ずれば御家騒動により建国200年で滅亡した。今では、名はおろか存在すらも忘れ去られている。
そして、最後の1人は、タケマ=ミヅカの三重合魔魂と世界の固定、神聖帝国の建国を見届けると姿を消した。今もって完全に消息不明である。一説には、この者も魔王になったという。が、どこのなんという魔王なのか、誰も分からない。
ロンボーンが世界中の魔法(この世界のスピース使用方)を極めたのは、ヤマハルを再び動かすのに必要な魔力を集める方法を探すためであった。魔力は世界中に遍在しているが、どんなに強力な魔法でも、ヤマハル再起動に必要なエネルギー量にはまるで不足していたし、そもそも「魔力を集める魔法」は存在しなかった。