第9章「ことう」 4-8 次元網
自殺するという概念は無いが、思考を止め、石みたいになってしまう例もあるという。生きている意味が、分からなくなるのだ。
その中で「より強大な相手に仕え、そのために働く」ことができる魔族は、はっきり云って幸福だ。生きる目的があるのだから。
そういう魔族は、手強い。
死も恐れぬし、まさに全身全霊をかけて主君に尽くす。しかも、上級魔族であればその全身全霊が人間の数百人、数千人、数万人分に匹敵する。
いまのテヌトグヌが、まさにそれだ。
テヌトグヌは、次元網による包囲をじわじわと狭め、ストラを罠の中心に追いこんだ。
ストラもそれを観測しており、どうするか判断を迫られる。
準戦闘モードのストラは、主力攻撃の出力がギガトン級になる。
しかし、今現在の総エネルギー量が破壊力相当で500ギガトンほどであるから、調子に乗って攻撃していたら、たちまち極度のエネルギー不足状態に逆戻りだ。
そのための、行動時間制限なのだ。
従って、タイミングを観て一、二撃で決めなくてはならない。
(あの超高濃度魔力凝縮体の前……いや、次元のこちら側に、テヌトグヌが空間固定されている……。やはり、超高濃度魔力凝縮体より、テヌトグヌを攻撃するほうが効果的と推測)
ストラ、次元網が絞られて、魚が網の奥に入るように、網の中心に向かって進む。網に誘導されているのだが、ストラが自ら進んでもいる。
その真正面に、テヌトグヌが陣取っていた。
その背後の次元の裏側に、巨大ミキサーのように、魔力の超高濃度凝縮により形成された無数の刃が高速回転している。
レミンハウエルの魔力のヨーヨーや、ゴルダーイのパワーユニットのような個人的規模の魔力凝縮ですら、ストラの肉体……すなわち、テトラパウケナティス構造体の結合を解除し、破損せしめた。空間破砕効果があるのだ。
それがあの規模では、本当に全身を分解される危険がある。
しかし、このままストラがつっこんだ場合、真正面のテヌトグヌがストラの攻撃を一身に受けることは必須なのだが……。
まさに死をも厭わない決死の覚悟、ロンボーンへの献身か。それとも、何かストラの攻撃を防ぐ秘策があるのか。
(判断不能。主力攻撃を開始)
ストラが両手を交差させ、一瞬で疑似熱核反応によりエネルギーを取り出す。
その規模、5ギガトン相当。
ゴルダーイを攻撃した規模の、1000倍だ。
魔物とはいえ、生き物である。
この規模の超絶的熱圧を食らっては、蒸発や原子分解というレベルではなく、文字通り「消失」するだろう。
さらに、超規模重力レンズを展開、次元を歪める。
膨大な熱が超爆縮し、関東圏を焼き尽くすような威力が、直径30センチまで超圧縮された。
ここまで超絶圧縮されると、時空がゆがむレベルである。
それが、テヌトグヌを直撃する。
空間攻撃と直接攻撃を兼ねた、特殊攻撃だ。
瞬間、テヌトグヌが陥没した時空ごと次元反転した。
まさに、忍者屋敷のからくり扉だった。
超大エネルギーが、そのままテヌトグヌを素通りして、次元の裏側の超凝縮魔力の口に突っこむ。
そして、ブラックホールさながらに、そのエネルギーの全てを暗黒の刃の中に吸いこんでしまった。
テヌトグヌが再びストラの前に現れ、次元網を操作する。
(ならば、直接攻撃開始)
ゴルダーイへ行った攻撃と同じく、疑似熱核反応によって生じたエネルギーを超絶的磁場で凝縮、拳に集める。
それをそのまま、テヌトグヌへお見舞いした。
ただし、出力は5メガトンに落とした。
得意の5メガトンパンチであるが、こんな個体規模を攻撃するのに5メガトンも5ギガトンも効果は変わらないうえに、次元背後の魔力凝縮口が5ギガトン相当の熱エネルギーを全て吸収したのも気になった。
次元反転法の応用で、巨大なエネルギーを一瞬で次元転送する手法と同等の効果だ。
魔族……というか、この世界の生物にできる藝当ではない。
おそらく、魔王ロンボーンの仕業である。
で、吸収してどうなったのか?
理由は不明だが、おそらく、ロンボーンの元に送られたのだろう。