第9章「ことう」 4-7 魔族という生き物
材質も、動く機構もまるで分からない、数千年前の脱出用避難ポッド……。
全長50メートル、全幅20メートル。二階建て構造で、1隻に、数百人が乗ることができる。
5隻ある。
一度に村人の全員は無理だが、優先順位を決めて、折り返し戻ってこれた場合は何往復かして、村人を救う。
しかし、当のゲベル人たち、どこへ避難するのか、避難船がどうやって動いているのか、誰も知らぬ。全て、魔王ロンボーンのプログラムによる自動運転だ。
「急げ、急げ!」
集落を離れ、西島の反対側へ一列になって進んだ。
ストラはその動きを把握していたが、もちろん無視だ。
保護する理由も、必要性も無い。
ストラは、牽制攻撃で次元網全体の構造を把握しつつ、どこかに「穴」があると踏んでそれを探索していた。なぜなら、テヌトグヌ自身が完成度70パーセントと自白していたからである。
その告白が「うっかり」なのか「わざと」なのか、まだ確定できなかったが……とにかく、まだ未完成という情報に賭けた。
ストラの牽制をいなしつつ、テヌトグヌは最後の詰めを急いで構築していた。
完成度7割というのは、半ば本当で、半ばストラの油断を誘うハッタリだった。
実際は、9割5分……95パーセントといったところだった。
結局のところ、罠は至極シンプルである。
網を絞って、超凝縮魔力ミキサーにストラを放りこむだけだ。
これは、ストラとレミンハウエル・ゴルダーイとの戦闘をこの島から観測し、ロンボーンと何度も協議して編み出した、必殺の戦法だった。
ストラは光子レベルで粉砕され、ミニ超新星爆発めいてその膨大なエネルギーを放出。
そのエネルギーを頂いて、ロンボーンは一気に宇宙船「ヤマハル」の再起動を試みる。
魔王ロンボーンにとっても、数千年間待ち望んだ、千載一遇のチャンスなのだ。
「我らが異次元より飛来して、当該世界時間で3523年……」
テヌトグヌの脳内に、低く端整な、バスの男声が響いた。
「ロ、ロンボーン様……!」
テヌトヌグが、気と身を引き締めた。
「タケマ=ミヅカ殿との長き旅でも、ヤマハルの再起動はかなわなかったが……いま、同じく異次元より飛来した、まったく未知の機構による自立型戦闘装置が、魔王として我が前に現れた……」
「ハハア!」
「この機を、逃すわけにはゆかぬ……!」
「いかさま!」
「しくじるなよ……」
「お任せあれ!」
「孤島の魔王」を名乗る魔族テヌトグヌは、ロンボーンの腹心となって800年ほどになる。
この世界の魔族……ストラの定義によると、高レベル知的魔力子依存生命体……は、生体機構はもちろん、その精神構造からして人間やエルフ等と異なる。個体レベルで発生・存在しており、繁殖しないし、増殖もしない。魔法を使うという概念がなく、魔力を直接使用して、魔法と同様の効果を生体能力として生み出す。全細胞を魔力で満たし、そこから生命活動エネルギーを得る。呼吸もしないし、有機物の食物は摂ったり摂らなかったりと個体差が激しい。魔力は、全身でこの世界にあふれている自然魔力を吸収するほか、魔力の高い「獲物」を襲って吸収する場合もある。脳も心臓も無く、ストラが「魔力中枢器官」と名付けた部位が全て同様の機能を担っている。その器官を破壊すると、全身の形状を保持できずに崩れて死ぬ。
思考回路が異なっているため、価値基準も異なる。高レベルな知識や知能があっても、必ずしも人間やエルフ等と話が通じるわけではない。通じる場合は、他者の命令により「人間ぽく振舞っている」場合が多い。または、何かしらの共通の利益がある場合。あるいは、よほどの変人ならぬ変な魔族だ。
基本的に老化という生体現象が無く、個体によってはかなり長命で、数千年を生きる例もあると推測されている。
だが、ただ生きているのがほとんどだ。
知性も知能も無い魔獣・魔物ならば、それでも良いだろう。
ただ生きていても、生きる目的を見いだせないし、楽しみも無い。そもそも「楽しい」という概念が、あまり無いのである。
暇つぶしで人間などを殺して遊ぶ魔族もいるが、すぐに飽きる。
さらには、魔王クラスでも無い限り、大抵が多勢に無勢で勇者のパーティに討伐されることになる。
そうなると、ただひっそりと暮らすだけになって、ますます時間を持て余す。
そんな魔族であるが、もし魔族同士で団結し、真の意味での大魔王でも輩出して世界を席巻すれば、この世はとっくに魔族が支配している。
が、そういう発想も無ければ、その気も無い。その必要性すら感じていない。そもそも、団結するほど数がいるわけでもない。何のためにそんなことをするのか理解できないし、それで自分に個人的(個体的)にどんな利益があるのか、分からない。
そういう生き物である。
 




