第9章「ことう」 4-6 テヌトグヌ
「ロンボーン様も、お嘆きだ……」
「ロンボーン」
ストラが復唱した。
「いや、ロンボーン様はもはや、生き残りの子孫など眼中にない。所詮、殖民奴隷だからな……何も期待していないのだ……」
「何の話」
「ロンボーン様の偉大なる目標は、大いなる『天の船』を、再び大宇宙へ飛ばすことにある……!」
(未知文明宇宙船の再起動か……!)
「そのために……かつては、大魔神メシャルナーに協力し……いま、異次元魔王……お前のその力が必要なのだ!!」
「警告! 大規模空間断層を確認! 蜘蛛の巣状に位相空間断裂効果! 空間トラップ! 作戦外地における待機潜伏行動中自衛戦闘レベル3……いや、準戦闘モード移行……限定的許可! 許可時間は720秒!!」
ストラを中心に、蜘蛛の巣のような、あるいは巨大な食虫植物のような、又は巨大な網のような空間の断層が広がり、瞬時にストラを囲った。
「完成度は7割ほどだが、充分だ!!」
次元の裏より、テヌトグヌが術をコントロールする。
その姿は、濃淡のある黒の地肌に、水色を白線で囲った大小のスポットが無数にある肌模様の、筋肉質の男だった。が、下半身がどう見ても巨大なカニであった。鋭い刃物のようなトゲだらけのカニの甲羅も、同じように黒色に大小の水玉がびっしりと並んでいる。
そのテヌトグヌが、本当にクモのように次元網の中心にいた。
聖魔王との戦いですら、待機潜伏自衛戦闘モードだった。そもそもエネルギー総量が少なかったのもあるが、テヌトグヌは魔王ではない。あくまで、準魔王クラスである。
では、なぜ準戦闘モードを発動させ、自己判断プログラムはそれを限定許可したのか。
理由は1つ。
ストラは、これまでの2人の魔王との戦い……対レミンハウエル戦、及び対ゴルダーイ戦において、偶然にしろ意図的にしろ、魔力子を超絶的に凝縮すると、空間破砕効果を得ることを確認している。
その効果を得た時と同様規模の超絶的魔力子凝縮を、この次元網の中心にして、テヌトグヌのさらに向こう側の次元の裏に「ある」のを認めたのだ。
(魔族テヌトグヌ、最初から対テトラパウケナティス構造体兵器戦を……! どうやって、そんな情報を……!?)
推測できるのは、魔王ロンボーンが、ストラとレミンハウエル及びゴルダーイとの戦闘を、この遠隔地から「観測」していたのだろう。
そのため、最初から対ストラ戦の対策を練っていたのだ。
まさに怪物が大口を開けたような暗黒の塊、ブラックホールのような次元の穴、蠢く超凝縮魔力のミキサーとも云えるものが、テヌトグヌの背後にあった。
あそこに取りこまれたら、どうなるのか。
(恐らく、テトラパウケナティス構造体はバラバラにされ、無尽蔵にエネルギーが放出して、私はプログラム及び形象保持できずに消失する……)
そう。
次元破砕兵器の直撃を食らい、最初に、この世界に来た時のように。
あのときは、エネルギー総量90パーセント以上を維持できていたために、天文学的な数の次元断層通過効果を耐えることができた。
が、それでも、ストラは消失寸前の状態で、この世界の、ゲーデル山のあの洞窟の中で、どれくらい眠っていたか、想像もつかないのである。何日か、何か月か、何年か……何百年か、何千年か、何万年か。
もっとも、鍾乳石に呑みこまれていなかったことを鑑みるに、おそらく年単位ではない。プランタンタンが発見した時も、死体と勘違いしたくらいであるから、状態も良かった。
ストラは、まず牽制で100トンクラスの爆撃を連続で行い、この次元網からの脱出を試みた。
プラズマ球や熱光線が次元断層網に触れたとたん、爆発せずにその断層に吸いこまれる。網をすり抜けた一部は、威力を大きく減衰させつつゲベロ島に降り注いだ。
東ゲベロ島で、次々に爆発が起きた。
深夜に閃光や爆破光が炸裂、周囲を昼のように照らしつけた。爆轟と爆音、衝撃波が島をゆるがして、魔王の戦いの始まりを告げる。
まだストラ一行を探索していたゲベル人たちが、仰天して腰を抜かした。
「……ま、魔王がテヌトグヌ様と!」
「に……逃げろ!」
「避難だ!」
「どこに!?」
「避難船まで走れ!」
村人が伝承と訓練通りに、一斉に動く。
この村には、ゲベル人に伝わる特別な避難船がある。