第9章「ことう」 4-5 ゲベロ島の東側に侵入
「……?」
酔っていた時な適当に手に取って紙クズを丸めるようにして枕にしていたペートリューが、改めてその破片を手に取った。闇を見通す眼をもってしても色は不明だが、明るいのでどうも銀か白っぽい。非常に柔らかく、異様に軽かった。切り口はギザギザで、うっかり触ると手を切りそうだったが、そんなことはなかった。手で丸めると、本当にフルトス紙のようにクシャクシャになる。
そんなものが、こうやって山積みになっており……風で飛ばないのだろうか。
「プランタンタンさん……これ、御宝なんですか?」
ペートリューが、そうつぶやいて眉をひそめた。
「え? 違うんでやんすか?」
「なんで、そう思ったんですか?」
「だって、この島の連中が大事そうに籠に入れて、村に運んでやんした」
「じゃあ、島の人たちは、これを何かに使ってるんですね……」
「これを島の外で売れば、すげえ値がつくに違いねえでやんす!!!!」
「そうでしょうか」
「えっ?」
前歯を出したプランタンタンが、薄緑に光る目を丸くした。
「御宝じゃあねえんで?」
「こんなの、見たことないです。きっと、島の中でしか、使えないものですよ」
「ははあ……」
プランタンタンも、急に醒めて金属片の山をみつめる。金目に関しては、異様に頭が回る。島の中でしか価値のない代物なら、持ち出しても意味がない。
「なるのほどでやんす」
我々の知見で云うと、これはリサイクル材質のクズ山である。また、実際、そのとおりだった。ゲベル人は、いまもゲッツェル山……いや、ゲベロ島のあちこちに散らばり、または埋まっているこの大なり小なりの金属の破片を拾って、特殊な器具と工法で溶かし、再加工して利用しているのだ。いつでも使えるように、マッピ畑の隅にこうして集めている。
非常に軽いが、風が吹きつけると金属片同士が磁石のようにくっついて、飛ばされるのを防ぐ。また、気象が操作されており、そこまで強い風が吹かないという事情もある。
さて、ではこの金属片は、いったい何なのか……?
「なにか、大きなものから剥がれたように見えます」
ペートリューが核心をつく。が、プランタンタンには意味が分からない。
「なんでもいいでやんす。御宝じゃねえなら、ほっとくでやんす」
「ですね」
ペートリューも、手にしていた破片をポイと山に戻した。
「さ、ストラの旦那やルーテルの旦那と合流するでやんす。この島の魔王をやっつけて……これ以外の御宝があるならゴッソリ頂いて、とっととトンズラでやんす」
「私は、できればこの島のお酒をぜんぶもらいたいなあ」
鞄を大切そうに撫で回し、ペートリューがよだれを垂らした。
「ストラの旦那に頼むといいでやんす」
「そうだね!」
「じゃ、行くでやんす! あの山の麓で、ルーテルの旦那を待ちやんしょう!」
プランタンタンが歩き出し、その後ろに水筒を傾けながらペートリューが続く。
ストラはルートヴァンと分かれて、眼下に漆黒に包まれるゲッツェル山を確認しながら、一気に山を越えてゲベル島の東側に到達した。
とたん、空間を覆う魔力子の濃度が段違いであることを観測する。
(これは、個体名『テヌトグヌ』の魔力? ……島に吸収されないよう、振動数を微妙に変えているという……)
島に吸収されるほうの魔力子値が異様に低いため比較できず、具体的にその「振動数」とやらが、いったいどのように異なっているのかよく分からなかったが、とにかくこのゲベル島は、火山を中心にゲベル人の住む西側とこのテヌトグヌの住まう東側で大きく環境が異なるようだ。
実際、島の東側は「禁忌の地」として、ゲベル人たちも滅多に足を踏み入れない。
ストラが高魔力子濃度地帯に侵入したとたん、空間全体に特殊な信号が走るのが分かった。
(警戒網にひっかかった……)
ストラは進行を止め、ゲッツェル山の上空150 メートルほどで停止した。
「警戒網」のシステムが解明できたら、その妨害あるいはすり抜けも可能だが、魔力子によるどういう方式の効果なのか完全に未知なので、どうしようもなかった。ただ、対処するしかない。
「時間稼ぎもできないとは……3500年も経てば、かのゲベル人もここまで質が落ちる……」
空間振動効果で、どこからともなく周辺全体に声が響く。
(魔力子の動きが、聖魔王に酷似……)
ストラが、警戒モードに入った。
大規模空間攻撃の可能性が大だ。