第9章「ことう」 4-1 ルートヴァンの不安
それを杖1本で、まるで飛翔呪文(浮遊呪文の応用で、高レベルバージョンである)のように使うというのは、まさに熟練の職人技だった。
浮いてしまえば、坂道だろうがキックボードにも乗っているかのように加速する。
凄い速度で山道を登るルートヴァン、まず最初に遭遇したのは、ヒイヒイ云いながら坂を登るフューヴァだった。
やはり、星明りがあるとはいえ足元が暗い中、何度も蹴躓いて苦労しながら進んでいる。どこで拾ったものか、盗んだものか分からないが、登山用ストックがわりの杖を両手に持っていた。
「おおーい、フューちゃん! フューちゃん!!」
「なんだ、ルーテルさんか!?」
汗だくで振り返り、暗がりをルートヴァンが坂道を飛んでくるのを確認して、フューヴァ、
「ルーテルさん、魔法を使えるようになったのか!? ラクそうだな!」
「云うほど、楽でも無いけどね!」
ほぼ慣性で進んでいるので、止まるのも難しい。杖で少しずつブレーキをかけても、急には止まれない。ルートヴァンはバランスを崩して空中で回転し、フューヴァにぶつかりそうになった。
「フューちゃん避けて!」
「なん……なんなんだよ!!」
フューヴァが地面に屈んでルートヴァンを避け、ルートヴァンはクルクル回りながらその上を通りつつ、木の枝を掴んでなんとか停止した。
そのまま、術を解除して地面に下りる。
「やれやれだ……」
「大丈夫かよ」
フューヴァが駆け寄った。
「ありがとう、大丈夫だよ」
ルートヴァンは、ホッとした表情を浮かべ、フューヴァを迎えた。頬を緩め、つい、心配そうなフューヴァの顔へ手を添えそうになり、慌ててその手を引っこめる。
「と、ところで、プランちゃんやペーちゃんは、いっしょじゃないのかい?」
「こっちのセリフだぜ! それに、ストラさんは?」
ルートヴァンは息を飲み、
「そうだ、スーちゃんだ! もう、魔王の手下の魔族に攻撃をしかけるっていうから、あわててやってきたんだよ!」
「ええッ!?」
フューヴァが驚きで顔を歪めたその時、火山であるゲッツェル山の方角から凄まじい地鳴りのような音がし、激しい光がほとばしって山肌を浮かび上がらせた。
フューヴァは、すわ、噴火か!? と思ったが、
「おい! もしかして、ありゃあ、ストラさんか!?」
「そのようだね! 容赦ないなあ!」
ルートヴァンも半ば呆れて、閃光を見やった。
「どうすんだよ、ルーテルさん!」
「まず、プランちゃんとペーちゃんを探して合流だ! スーちゃんから、みんなを頼むと云われているからね!」
「ストラさんに云われるまでも無く、アタシたちゃルーテルさんしか頼れねえぜ!」
「まあ、そうなるよね」
「でも、ルーテルさん、魔法は? この島から逃げ出すような魔法も使えるのか!?」
「いや、それはまだ」
「どうすんだよ!!!!」
フューヴァが目をむいて、ソバカスだらけの顔を紅潮させた。
「いま考えるよ!」
マジで云ってんのか……! フューヴァは肚を据えるべく深呼吸し、頬を叩いた。ギュムンデでもフィーデ山でも、こんな程度の危機は突破してきた。ストラを信じるしかない。それしか、できないではないか。人間は、神を信じるしかないのだ。他に、することはない。
「まあいいさ、いくらストラさんでも、魔王の手下なんかにゃホンキにならねえだろうさ! ストラさんが魔王とホンキでガチャガチャやる前に、なんとか島からトンズラしようぜ!」
フューヴァがストックを振りあげ、山道を進みだした。
なお、「ガチャガチャする」というのは、いわゆる「ドンパチする」という意味と同等の、戦うことを示すこの世界の慣用句である。由来は、武器を打ち合わせる音からきている。
「さすがに余裕だな、フューちゃん!」
言葉や表情と裏腹に、ルートヴァンの焦りは尋常ではなかった。
(クソ! なんとかして魔力を回復する方法を考えなければ……3人を護るどころか、僕もこの島で非業の最期を遂げるよ!)
だが、自然魔力がそもそも異様に低下している「低魔力濃度下」という状況が、もう想定外だ。
そこに、いくら合魔魂により赤色シンバルベリルと一体化した父王太子から魔王に匹敵する魔力が供給されようとも……。
どうなるかは、やってみないと分からなかった。実証や実験をする時間的余裕が無い。




