第9章「ことう」 3-16 攻撃ナウ
「はい。魔力と云いましても、性質が様々で御座ります。最も分かりやすいのは、我々の使う魔力と、ウルゲリアの連中が使う神聖魔力です。同じ魔力でも、性質がまるで異なります。同じような効果を発揮する術でも、発動方法が根底から異なりますし、逆に同じような発動方法でも、効果がまるで異なります。その他にも、様々な差異が確認されております。この世界に満ちる魔力は、それぞれ特有の振動をすることが、我がヴィヒヴァルンでは解明しております。それは、魔族が利用する魔力も変わりはありませぬ。おそらくテヌトグヌは、何者か……北海の魔王と存じますが……が利用しているこの島周辺の自然魔力と、自らの有する魔力の振動数を意図的に変え、吸収を防いでいるものと推察されます」
ストラとしても、その考えは理解できた。確かに計測・観測した中でも、ウルゲリア人の使う神聖魔力とやらは、文字通り魔力子の粒子固有振動数が異なっていた。まさか、この世界の人間が同じ概念を有していたとは。
「分かりました。では、テヌトグヌは、その魔力を使って……」
「おそらく、我ら……いや、聖下を捕らえる罠のようなものを構築しているのかと」
「罠」
「魔王を捕らえるのです……いかに上級魔族といえど、1日がかりというのは理解できます。僕が本来の魔力を使えるのであれば、どのような罠か見事に探って御覧に入れて見せましょうが……残念ながら、現状では……」
「なるほど、分かりました」
「連中、我らを探し続けることで、我らがいつまでも逃げ回り、テヌトグヌの邪魔をできないと踏んでいるのでしょう。ちゃんちゃらおかしいですが……」
「…………」
ストラが、黙りこんだ。何か作戦をたてているのだろう。
「如何いたしましょう、聖下……」
「もちろん、罠が完成する前に奇襲をかけます」
「そうこなくては!」
ルートヴァンが透明なまま、手を打った。
気がつくと、ストラが光学迷彩を解いて姿を現していた。
「聖下……」
「ルーテルさん。3人の保護をお願いします。ルーテルさんにしか頼めません」
「あ……」
見えないはずなのに、ストラの視線はしっかりと透明のルートヴァンを刺していた。
「ハ……ハハアッ!! お任せ下され!! 既に3人は、我が旅の仲間にして、共に聖下に仕える同等の家臣、さらには、聖下の御大業を御支えする同志に御座りまする!!」
「うん」
「では、聖下……攻撃開始は……いつ」
ルートヴァンの常識では、夜明けと同時に攻撃開始であったが、
「もちろん、いま行います」
「えっ」
「その方が、北海の魔王とやらが自ら登場してくる可能性が高いと判断します」
「は、はあ……確かに。北海の魔王を、引きずり出すのですね!」
「その通りです」
「さすが聖下……しかし、今すぐというのは、少し性急に……」
「では、よろしく」
「あっ」
ストラはものすごい速度で天に飛び上がり、
「ちょ、せ、聖下……! 御待ちを!! せい……!」
火山に向かって飛んで行ってしまった。
(し、しまった!! みんなに、山の麓に集合とか云ってしまったぞ!! もう、向かっているんじゃあないのか!?)
ルートヴァン、あわてて夜道をゲッツェル山に向かって走り出す。
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いくら星明りが強い夜とはいえ、流石に手持ちの照明も無く夜の山道を登るのは難儀だった。ルートヴァンは村を出て山道に入ってすぐに自力登山を諦め、
「浮かべ!」
と、呪文を唱えた。
ふだんは無意識で行使する各種の浮遊呪文の内、本当に一番最初に習う超初歩基礎呪文である。ただ浮かぶだけなので、数十センチ浮かんだところでバランスを崩し、無重力空間のように空中でクルクル回る魔術学院初等科新入生の子供たちを見るのが、学院の風物詩になっているほどだ。
だがルートヴァン級ともなると、こんな実技には何の役にも立たないような教養レベルの超基礎呪文でも有効に使う。
浮かんだ瞬間に重心をコントロールし、山の斜面に合わせて姿勢を制御すると、白木の杖で地面を突いて推進する。
まさに、宇宙空間で推進剤を使用して進むように。
この呪文は姿勢制御をしてくれないので、空中で上下と足元を固定するのには、技術とコツが必要だ。




