第9章「ことう」 3-13 スポット
呆れかえり、裏路地から表通りに出る。ゲベル人の女性たちが不安げにきょろきょろしながら歩いていたが、透明化の魔法は良く効いているようで、発見されることは無かった。
ルートヴァンは改めて言語魔法を調整してみたが、ゲベル人が何を云っているのかはよく分からなかった。
(……腹話術を使いたいのだが……どうしたものか……)
初等科の学生が遊びで使う以外に、実戦ではほとんど使いどころが分からない基礎魔術の1つ「腹話術」の魔法だが、それは素人や二流三流魔術師の考えである。腹話術など、使おうと思えばいくらでも使い道がある上に、敵を攪乱するのにこれほど便利かつ簡単な魔法も無いくらいだ。
ただし、言葉が通じれば、だが……。
意味不明の言語で行っても、それはただの騒音であり、情報操作にはならない。
だが、ここですかさず発想の転換を行えるのが、超一流魔術師の超一流という所以だろう。
ルートヴァンは通行人とぶつからないように注意しながら杖を掲げて通りを歩き、島の魔力を丹念に探った。すると、案の定……。
(フフ……島の魔力濃度が低いといっても、やはり、場所によっては低いなりに高低差があるぞ……)
すなわち、全体的に低いことには変わりないが、その中でも魔力濃度にムラがあるのだ。
ルートヴァンは自分の感覚を頼りに、魔力がなるべく高い場所を目指して歩いた。
途中、何度も捜索隊と思わしきゲベル人たちや、家に避難するべく急ぐ女子供たちとすれ違う。その表情は、焦りと不安、恐怖に色めいていた。
(フフ、あの慌てふためいた様子だと、まだプランちゃんやフューちゃんも捕まっていないようだ……ペーちゃんは、よく分からんが……まあ大丈夫だろう……)
もはや、ストラに関しては心配すらしていない。
(む……ここは……?)
ルートヴァンは村中をくまなく歩き、やがて、ある「スポット」を見いだした。
別にどうということはない、とある家の裏手の路地だった。
何があるというわけでも無く、本当に猫しか通るものの無いような、湿った地面だ。何かを封印しているとか、何かを祭っているとかでも無い。
そういうところで、ぽつんと、魔力が高い。もし魔力を図るカウンターがあれば、そこだけ数値が振り切れるだろう。まさに、パワースポットであり、ホットスポットだった。理由は分からず、たんに偶然なのだろう。
(フ……神は、僕を見放してはいないようだ……どれ)
ルートヴァンはそこに立ち、魔力濃度を確かめる。
高いと云っても、とても元通りというわけにはゆかぬ。
しかし、建物の中のゲベル人たちの言葉を「盗み聴き」して、その言語を「翻訳」する魔術は使えた。しかも、思考行使で。
(まずまずだ……よし……これなら……)
ルートヴァン、まだ村の中や周囲をウロウロしている捜索隊の位置を物音や気配で探りつつ、魔術を発動。
「腹話術」だ。翻訳魔法も同時に使っている。
「おーい、いたぞ、こっちだ!! 逃げた連中だ!!」
誰のものとも思えない声で、ハッキリとそう聴こえたので、村人たちが我先に声の方を目指して走りだした。
が、どこから声がしているのか、まったく分からない。
「おい、こっちだ、こっちだぞ!!」
「どこだ!?」
「おい、どこだ!? 誰が叫んでいるんだ!?」
「だから、こっちだ、こっち!!」
「だから、どこなんだ!?」
「こっちだって、云ってるだろう!!」
「!? !? !?」
数グループが右往左往し、道で鉢合わせ、互いに眉をひそめた。
「どうなってんだ!?」
「聴こえたよな!」
「確かに聴いた!」
「誰が何処で見つけたんだ!?」
「おれたちじゃないぞ!」
「おれたちでもない!」
「じゃ、誰なんだよ!?」
「…………!!」
汗だくで、20人ほどのゲベル人の男たちが黙りこくった。そして、
「もう一回、この3つの班で順にムラを回るんだ!」
「この声は怪しいぞ、だまされるな!」
「魔王の仕業かもしれん!」




