第9章「ことう」 3-11 ゲッツェル山の麓へ
サクバットは勝手にそう思いこみ、
「おい、しっかりしろ、起きろ! 大丈夫か……いったん引きあげだ! テヌトグヌ様に、直接引き渡そう! こんなのに関わってはダメだ!」
肩や腕をしたたかぶつけ、顔をしかめて起き上がった3人は、サクバットに促されて逃げるように建物から出た。
その時、あわてていたので、納戸はおろか公民館の入り口にすら鍵をかけるのを忘れた。
日が暮れた。
屋根から屋根に移り、時には物陰に身をひそめ、フューヴァは誰にも発見されることなく夜を迎えた。狭い集落で隠れひそむのはなかなか難しいが、基本的にヨソ者の上陸は港までで、町中まで入ることを許さないゲベル人は侵入者の探索に不慣れだったこともあり、歓楽都市ギュムンデで鍛えたフューヴァにとって割と余裕だった。
また、言葉は分からないがゲベル人の喧騒から判断するに、ルートヴァンとプランタンタンも未だ捕まっていない様子だ。
(あのアホ酔っ払いだけだぜ……はなから手間かけさせるのはよ)
そう思いつつ、フューヴァ、あまり心配はしていない。
なぜなら、浴びるほど酒を飲んだペートリューは、ある意味無敵の人だからだ。
(どれどれ……たしか、酒を運んでいたのはこの建物だったな……)
建物は宵の濃い藍色の闇に包まれ、真っ暗だった。
素早く周囲を探索したが、人の気配はない。
しかも、おあつらえ向きに、正面の扉が半開きになっている。
(罠か……!?)
フューヴァは顔をしかめた。
周囲を見渡し、正面の近くに大きめの立ち木を見つけると素早く登って町のほうに眼を戻すと、まだあちこちで喧騒がし、さらには松明や何かしらの照明器具の群れが右往左往している。
「ヘッ……ルーテルさんか、プランタンタンか知らねえが、うまく攪乱してくれてるぜ。こりゃ、入っても大丈夫そうだな……」
木から飛び降りて、盗賊顔負けの動きで迷いなく建物に入った。
真っ暗だったが、独特の酒の良い匂いが濃密にただよっていたので確信し、
「おい、ペートリュー、ペートリュー! 寝てんのか!? いい加減にしろよ、寝てるんなら起きろ! ストラさんに置き去りにされるぞ! この島によ!」
しかし返事がない。ついでにイビキや寝息、寝言などの物音も無ければ、気配も無かった。
「ペートリュー? おい、いないのか?」
腰の短剣を抜きはらって逆手に持ち、警戒しつつ広い部屋を素早く手探りで回って確認する。が、誰もいないのでいぶかしがっていると、納戸の扉も開いているのが分かった。
納戸の中はさらに暗く、完全な闇だったが、酒の匂いが濃かったので、そのまま入った。
身を低くしながら、手探りで、
「ペートリュー、ペートリュー!」
呼びかけたが、返事は無い。
しかし、横倒しになっている甕に触れた。
すぐに、ゲベル人たちが荷車で運んでいた甕だと分かった。
そして、ゴロゴロと動くので、既に空っぽだということも。
フューヴァは全て悟り、息をついた。
「やろう、この量を半日で飲み終えて、とっくに逃げやがってたな……!」
苦笑しながらそう云いつつ、素早く自分もその場を後にした。
夜のほうがむしろ明るいとすら云えるギュムンデと違い、絶海の孤島は本当に暗かったが、その日は星明りがすごかった。星雲が輝き、眼がくらむような星空だ。これまでの旅の中でも夜空など見上げたことは無かったが、改めて見上げてみると、意外なほど明るくて驚く。
その夜空を、漆黒のシルエットが切り抜いている。
フューヴァはその名を知る由も無いが、ゲベロ島を東西に分断する火山、ゲッツェル山だ。
(たしか、ルーテルさんが山のふもとに集合だとかって、云ってたな……)
ペートリューやプランタンタンも無事に山を目指していることを祈りつつ、フューヴァは山のシルエットめがけ、星明りを頼りに山道を歩き出した。
少し時間は戻り、プランタンタンである。
ペートリューのためにゲベル人が荷車で酒甕を運んでいるのを路地から見やり、そのまま路地の奥に引っこんだ。
耳をすませると、町のあちこちで物音がし、人々の怒号や喧騒が上がっている。
(何の音でやんす?)
音は、人の話し声のようでもあり、花火のようでもあった。とにかく、騒音だ。
その音がするたびに、ゲベル人たちの言語で叫び声や怒鳴り声、さらには足音が行ったり来たりしているのだ。
(はっはあ、もしや、ルーテルの旦那が魔法で連中のアシを掻きまわしてるんでやんすね? ゲッシッシ……! そうなりゃ、こっちも御宝探しがやりやすいでやんす~~! ゲヒィェッシッシシッシ、ゲシシシシシッシ~~~!)




