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第9章「ことう」 3-7 さけくれ

 若者が何やら操作すると、イヤホンの先端部分が青く光った。スイッチを入れたのだ。


 「壊れてないようだ」

 「つけますよ」


 カクカクと震えるペートリューの後頭部から道具を挟み、まさに骨伝導イヤホンと同じ要領で先端がこめかみに密着する。


 「……おい、言葉がわかるか? どうだ?」


 「お酒ええええええ!!!! 酒だあああああああ!!!!!! さけくれええええええええ!!!!!!」


 いきなりペートリューが眼をむいて起き上がり、若者に食ってかかってそう叫んだ。その叫び声は、翻訳機が同時通訳し、ほぼそのままペートリューの声でゲベル語となって翻訳機のマイクから出た。


 「な、なに、なに!? なに!? 酒……さけ!?!?」

 若者が驚愕して硬直する。

 「こいつ、離れろ、離れないか!!」


 と、サクバットが怒鳴りつけるが、けしてペートリューに触ろうとはしなかった。


 「いいいいいからああああああああああああ酒ええええよこせっつってんだああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 「酒か? 酒でいいのか!?」

 若者が、ペートリューを押さえつける。確かに酒臭い。いや、異様に・・・酒臭い。


 「この人のカバンに、酒の入った水筒がたくさんあったでしょう、あれを飲ませましょう」


 「お前なあ……」


 なんで云うことを聞いてやる必要があるんだと云わんばかりに、サクバットを含めた3人が呆れた。


 「早く持ってきてください!」

 「チッ……おい、女!! 酒を飲んだら、なんでも話すか!?」


 「はなはなはなはなはなすはなすはなすからさけえええええええさけさけさけさけさけだあああああああ!!!!!!」


 だんだん、眼が血走ってくる。反面、顔色は真っ白すら通り越して、だんだん青黒くなってきた。


 「早く、この人のカバンを!」

 「わかったわかった……ほれ」


 男の1人が、ペートリューのカバンを持ってきて投げた。ペートリューは這いつくばったまま動物めいて床に落ちた頑丈な革カバンにとりつき、口を使ってなんとかカバンの蓋を開けようとしたが、震えて無理だった。


 「縄を解いてやりましょうか」

 「おい……」

 「大丈夫ですよ」


 その自信は何処から来るんだ、とサクバットが舌を打ったが、若者がナイフでペートリューの縄を切ってやった。


 とたん、ペートリューがブルブルと震える手で蓋を開け、中の水筒を片端から水を飲むより早く呑みつくした。しかも、12本のうち、10本を一気に空けてしまったので、ゲベル人たちが目を丸くしてペートリューを凝視した。


 「お……おい、そんなにいっぺんに飲んで、大丈夫なのか!? それ、酒だろ!?」

 「お、お酒です……はい……大丈夫です……」

 やっと、ペートリューからまともな声・・・・・が出始める。


 「マジか……どうなってんだ、こいつ」

 呆れ、驚きつつも、そこで、サクバットが改めて向き合い、

 「名と、どこの出身かを答えろ」


 ペートリューはドギマギしつつ、水筒をチビチビ傾けながら、

 「ペ、ペートリューです……フランベルツ人です」

 「フランベルツ……あの男が云っていた場所か?」


 ペートリューは、ルーテルがカタコトで云っていたチィコーザ語から、ヴィヒヴァルンという発音を思い出し、


 「それは、ヴィヒヴァルンです……フランベルツは、ヴィヒヴァルンのずっと南です」


 どっちにしろ、ゲベル人には聞いたこともない土地だった。

 「ロンボーン様を討伐しに来た新たな魔王というのは、あの男か?」

 「違います……魔王はストラさんです」


 「誰だ?」

 「だから、ストラさんです……」

 「あの場にいたやつか?」


 「はい……」

 「どいつが、そのスト……ルラ?」

 「ストラさんです」


 「スト……ッラというやつなのだ?」

 「ストラさんがどこに立っていたか、覚えてません」

 「特徴を教えろ」


 「背はあたしくらいで……髪と眼は不思議な色で……いつも、ぼんやり・・・・してます……でも、戦うとすごく強いです……顔立ちは、どこの人とも云えない感じです」


 ゲベル人たち、まったく分からなかった。そんな人物がいたかどうか、まったく覚えていない。

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