第9章「ことう」 3-5 逃げましょう
なにより、背が高い。中には見るからに子供もいるが、子供ですらフューヴァやストラより大きい。ルートヴァンほどの背丈で、平均と云ったところだ。プランタンタンなど、幼児のようだった。
「え、えー~……と……僕の言葉が分かる者は……いないと思うが、いるかね?」
白木の杖を突いたルートヴァンが少し前に出て、そうウルゲリア語で云った。ヴィヒヴァルン語より、まだ通じると思ったのだ。
誰も返事をする者はいなかった。
「ええ~と……」
流石にガフ=シュ=イン語は知らなかった。ガントック語はチィコーザ語と対して変わらないはずだったし、チィコーザ語は大昔に教養でほんの少しやっただけだったが、
「コトバ、ワカルカ?」
片言で、なんとかそう云った。
その時には、言語を含め、直近記憶に至るまで、ストラによりゲベル人達の脳内探査は終了していた。
のだが、ストラはとりあえず黙って観察を続けた。
「チィコーザから来たのか? 密貿易団には見えないが……」
初老っぽい雰囲気の1人が、流暢なチィコーザ語でそう云いながら前に出た。若干、身なりが良いように見えるので、役人か何かだろう。
「チガウ」
片眉を上げ、ルートヴァンが応える。
「ちがうだと? じゃあ、お前らは誰だ? どこから来た?」
「ヴィヒヴァルン」
「ヴィ……どこだ? ウルゲリアとやらではないのか?」
「ウルゲリアノ、モット、ムコウ、ニシ、ニシ、ズットニシ」
「ウルゲリアの向こうだって? チィコーザより遠いのか?」
「ズット、トオイ、ズット」
「なんだってまあ……」
初老のゲベル人が、驚いて目を丸くする。
「よく来れたなあ。というか、密貿易団か? それとも、冒険者か?」
ルートヴァン、そこで言葉に詰まった。これ以上の詳細な説明は、このチィコーザ語力では無理だ。
であれば、情報収集も無理ということになる。
(いやはや、これはもう、こいつらとはなるべく関わらず、とっとと魔王退治に出発するのが得策……)
そう判断したとき、その初老のゲベル人、
「だいたい、この数か月、この島は魔王様の御力で、不用意に近づく全ての船は沈められている。エルフ達だって、魔王様の命令で船を沈めていたはずだ。恐れ多くも魔王様に戦いを挑まんと、新しい魔王がやってくるというのでな……お前たちは、どうやって魔王様の結界を超えたのだ?」
その一言で、その初老の人物を含めたゲベル人達の眼が、一斉に殺意に光った。
「アー……」
初老ゲベル人の云うことは、半分以上も分からなかったが、なんとなく意味が通じたルートヴァン、場の雰囲気が異様に固くなったのを感じ取り、
「聖下、逃げましょうか」
振り返ってそう云った。
「ほいきた、逃げるでやんす!」
真っ先にプランタンタンが走り出し、
「あっ、待てよ! どっち行くんだ、バカ!」
フューヴァがあわててプランタンタンを追ったが、何人かのゲベル人に間に入られた。
その隙に、プランタンタンは脱兎のごとく陸に上げている船の影に入って、そこから動物のように素早く細い建物の路地に入りこむ。
「捕えろ!! こやつら、ナントカという新魔王の手下やもしれんぞ!!」
そのナントカという新魔王が目の前にいるのも露知らず、ゲベル人たちが一斉に動いた。
もう、ストラは光学迷彩で消えているうえ、空中に舞っていた。
「みんな、夜までにあの山のふもとに集合だ!」
それがどこなのかもよく分からなかったが、とにかくルートヴァンもそう叫んで白木の杖を振りかざしながら走った。途中、殴り掛かってきた男の腕を杖先で下段から掬い上げるように受け止めるや、そのまま捻りこんで男の肘をキメてバランスを崩し、腰から崩れるように男をひっくり返す。大きな男がゴロゴロと転がって、ゲベル人達がひるんだところを、通りに向かって走り去った。
「あわわわわ……!!」
ペートリューだけ、動くことすらできず、その場に立ちすくんだ。
「おいペートリュー、動けこのドアホ! 逃げんだって!」
どこからともなくフューヴァの声がしたが、ペートリューはパニくって震えながら硬直し、なすすべなく捕えられた。




