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第9章「ことう」 3-3 上陸準備

 フューヴァがそう云って大きな木製のレバーを両手で掴み、渾身の力で動かしたが、びく・・ともしなかった。


 「ヒャー、かってえ!」

 「船の連中でないと、無理でやんすよ」

 プランタンタンがそう云うが、


 「それ以前に、何度も船が横倒しになったり、波にもみくちゃにされたりで、軸でも狂ってるんだろうさ。錨は諦めて……」


 「私がやる」

 云うが、後ろから現れたストラがレバーを無造作につかむ。


 「あっ、あ、旦那! 力加減を……」

 と、プランタンタンが云った時には、もうストラはレバーを根元から折っていた。

 「想定外に弱かった」


 レバーを持ったまま、無表情でストラがつぶやく。3人が、驚きと諦観の入りまじった眼で、ストラを見やる。


 「こうなったら、ぶっ壊したほうが早くね?」

 と、冗談めいてフューヴァがそう云うや、

 「わかった」

 ストラが、軽く巻き上げ機を蹴飛ばしていた。


 とたん、鋼鉄の軸や大がかりな軸受けごと甲板から浮き上がってはずれ、ロックもぶっ飛んだのでアンカーが凄い勢いで海面に突き刺さった。中型貨客船とはいえ、巻き上げ機1つで2~300キログラムはあるだろう。


 なお、そのままロープが全て海に落ちそうになったので、ストラがすんでのところで端を掴み、適当に船内の太い梁に結びつけた。


 「あー~あ、これもう直せねえでやんす」


 プランタンタンが、さもフューヴァのせいだと云わんばかりにフューヴァに向かってそう云った。じっさい、ストラにそう云うとホントにやりかねないと分かっているのに妙な冗談をかましたフューヴァのせいなのだが。


 「アタシのせいかよ」

 それが分かっていつつも、フューヴァもそう返さざるを得ない。


 「まあまあ、僕の魔法が役に立たない以上、聖下におすがりするほかはない……。聖下、何卒、上陸用の短艇も……」


 「いいよ」


 ストラが甲板の下の階に備えつけられている短艇カッターを水面に下ろすため、階段を下りる。


 「旦那、小舟も壊さねえでくださいましよ!」

 「わかった」

 プランタンタンにそう答え、ストラが階下に消える。


 「じゃあ、あっしはペートリューさんを起こしてきやす」

 プランタンタンも、ヒョコヒョコと同じ階段を下りた。

 「じゃあ、僕たちも荷物を持って下の階に集合だ」


 ルートヴァンが歩き出し、その背中にフューヴァ、ニヤッと笑いながら、

 「ルーテルさんよう、よく自分が役立たずだって認めたな」

 ルートヴァンは、苦笑と自負の交じった複雑な表情かおで、フューヴァをふり返った。


 「実際、役に立ってないじゃないか! 魔法が使えない以上、僕はフューちゃんたちと大して変わらないよ。でもね……連中との交渉やら作戦やらで、僕にしかできないことは山ほどある。それで、スーちゃんのために頑張るのさ」


 「さすがだぜ!」

 頼もし気に答え、フューヴァもルートヴァンに続く。


 アタマを使うことでルートヴァンと張り合おうなどとは、フューヴァもはなから思っていない。

 


 ウルゲリアのノラールセンテ地方伯領フィロガリを出て、ランヴァールを支配し、魔族バ=ズー=ドロゥを退治するために乗りこんだ際の簡易な荷物を持ち、それぞれ甲板の下の階に集合する。ランタンが無く、真っ暗だったが、ストラの照明球が浮遊した。


 「ルーテルの旦那ですら魔法が使えねえのに、ストラの旦那の魔法はまったくもって影響がねえように見えまさあ。すっげえでやんす!」


 プランタンタン達は、未だにストラが超絶的な魔法の使い手だと思っている。ペートリューはストラが魔力を全く使わないのに気づいていたが、魔法ではないという発想ができず、そういう特別な魔力を・・・使わない・・・・魔法・・だと思っている。


 しかし、じゃあ、それはいったい何なのか……と、問われれば、ペートリューは照れでごまかし、酒をあおるだけだ。


 ルートヴァンは余計なことは云わず、ただストラの照明球をまぶし気に見つめた。


 ストラがロープを引いて滑車を回し、短艇カッター格納部の重そうな上開きの扉を軽々と開けると、陽光が差しこみ、一気に明るくなる。そこから短艇カッター用の巻き上げ機を、これはちゃんと簡易探査を行って強度を確認して操作した。これも、ひたすらロープを引いて滑車を回す。ゆっくりと短艇カッターがスライドされて船の横に出ると、次は真下に下ろして水面に浮かべる。

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