第9章「ことう」 3-1 魔力が少ない
「左様で……」
ボロートゥスバーが、眼を伏せた。被害を鑑みると、既に族滅しているに等しい。2000人と少ししかいないのに、何人死んだか想像もできないのだ。
「酋長様……」
2人の女性エルフが、小刻みに震えながらボロートゥスバーの肩に触れた。ボロートゥスバーが2人を交互に見やり、まだ少しでも希望が残っているかもしれないと思った。
「ありがとうございます。私どもは、これにて……。どうか、御武運を」
殊勝なことを云う……とルートヴァンが思った時には、3人のゲベラーエルフは船縁から身を投げていた。
フューヴァが急いでそのあとを追い、海面を見下ろすと、海水を固める魔術で作った小船に乗り、女2人が賢明にこれも水のオールを漕いで、生存者を探しにラペオン号から離れて行くのが見えた。
「さ、僕たちも行こう。……ゲベロ島に上陸だ」
ルートヴァンが軽く杖を振ると、幽霊船めいて独りでにラペオン号が方向を変え、ゲベロ島を目指してゆっくりと進み出した。
3
波間に漂う瓦礫やエルフの死体、よくわからない海藻類、海底から巻きあげられて海面に浮かぶ泥などをかき分け、ラペオン号は静かに方向を変えてゲベロ島に向かった。ちょうど緩く弧を描く島の中ほどに円錐形の火山があって、細い噴煙を出している。遠景には、いまだ結界である低気圧の分厚く真っ黒な雲が渦を巻いているが、島の周辺である巨大なカルデラをすっぽりと覆う範囲内は、台風の目のように青空が広がり、北の淡い太陽が輝いている。
「さて、集落を探すか」
甲板から島を見やってルートヴァンがつぶやいたが、それは既にストラが探査済みだ、
「向かって中央部の火山の右側、大きいほうの島の先端の向こう側に入江があり……沿岸部に集落があります」
「流石、聖下……。では、さっそくそこへ向かいましょうぞ」
ルートヴァンがそう云い、ラペオン号は進路を面舵に変えた。船体が軋みをあげ、船が傾く。
……が、それから30分ほどが過ぎても、いっこうに島は近づいてこなかった。
「ルーテルさん、ちゃんと進んでるのか? この船」
フューヴァが両手を腰に当て、不審そうに周囲を見やってつぶやいた。
「進んでるだろ! と、云いたいが……ちょっと、よく分からないな。我ながら……なんか、ちょっとおかしいね」
ルートヴァンも、小首をかしげる。船縁から海面を見ても、船の走破による引き波が立っているようには見えない。
いや、かなりゆっくり進んでいるようだ。微かに、波が立っている。
「魔法の効きが悪いんじゃねえの?」
フューヴァが何気なく云ったその言葉に、ルートヴァンは息を飲んだ。
(そんなわけがないと思って、まったく意識してもいなかったが……)
口に手を当て、慎重に魔力を探った。何か、空間に異常があるのやもしれぬ。
「ルーテルさん、やけに魔力が少なくないですか? この辺……」
驚いて振り返ると、いつの間に起きてきたのか、ペートリューが水筒を傾けながら不安そうに水平線を見渡している。
「ペーちゃん、なんだって?」
ルートヴァンは、思わず聴き返した。
「え?」
ペートリューは、赤茶のボサボサの前髪の合間から、澄んでいるのか淀んでいるのかよく分からぬ視線をルートヴァンへ向けた。
「魔力が少ないって云った?」
「え、ええ……だって、少なくないですか?」
ルートヴァンが改めて探り、
(ホントだ……)
そして、ペートリューを見やる。
(凄いな、こいつ)
空間を漂い、彼ら魔術師が利用する自然魔力の濃度がやけに薄い。これでは、術の効果も下がるというものだ。ルートヴァンの常識では、よほど特殊な状況下でなくばそんなことがあるわけがなく、想像もしていなかったので、一発で見抜いたペートリューに素直に感心した。
「魔力が少ねえと、どうなるんでやんす?」
猫背気味に、プランタンタンも不思議そうに云って鼻をピスピスと鳴らす。
「魔法の効きめが悪くなるのさ」
肩をすくめて、ルートヴァンが答える。フューヴァも目を丸め、マジかよ、とつぶやいた。
(おそらく、僕の魔術も効果は半減以下……いや、もっとだ……。ド素人みたいな魔術しか仕えない可能性がある。この現象は、ロンボーンのせいか? それとも、テヌトグヌの術か? ちょっと厄介だな……原因が分からないから、対処のしようが無い。聖下は、この原因を既に探知されているのか?)




