第2章「はきだめ」 1-2 ギュムンデ
「じゃあ、とっとと買ってきて、とっとと逃げるでやんす! どうせこのドサクサで、関所も開きっぱなしでさあ。だからって、持ちきれねえくらい買うんじゃありやあせんよ!?」
銀貨を握りしめたペートリューが凄い勢いで城から出て、あっと云う間に帰って来た。プランタンタンは、酒が買えなかったのかと思ったぐらいだ。
「大変です! 季節外れの凄い山風が吹いて、山火事がダンテナのすぐそこまで迫ってきています! 市民たちも、逃げ出す準備を始めてますよ!」
「そいつあ、けっこうでやんす。ドサクサに紛れて、とっとと逃げましょう。……酒は買ってきたんで?」
「買ってきました!」
ペートリューが背負っていた背負子を下ろすと、小さなワイン樽があった。我々の単位で云うと、十三リットルほど入るものだ。
「これで、ギュムンデくらいまでなら、なんとか……あ、お釣りです」
一樽で、68トンプだったという。銭貨で、32トンプの釣りだった。
「それは、ペートリューさんの取り分で。あとでちゃんと、三等分しやすから……。ところで、ギュムンデへ行きやすんで?」
「ええ……あそこなら、私……少し知っているんです」
「金儲けができやすか?」
「たぶん……ストラさんなら、色々と」
「じゃあ、そこへ行きやしょう。旦那、よろしいですね!?」
「いいよ」
「じゃあ、とっとと出発出発、出発でやんす!!」
プランタンタンを先頭に、三人が明るい内にダンテナを出て、街道を南西へ向かった。
というわけで、十二日後。
三人は山岳地帯を下りて平原に至り、川と丘陵地帯をこえてフランベルツ地方伯領に六つある主要都市のひとつ、ギュムンデという街にいた。
高名な歓楽街、そして暗黒街である。
ほぼ都市国家として独立しており、長い間、地方伯も手を出せないでいる。街の五分の一ほどが、かろうじて伯爵家の統治下にあるが、そこもジャブジャブに賄賂漬けで、伯爵家による街の支配には何の寄与もしていない。
とうぜん、治安など無いに等しい。弱い者から売られ、搾取され、死ぬだけの街だ。
三人はこの街の一般の人々や、外から遊びに来る者たちがそうしているように、手前の村でフード付の大きなケープを買い、すっぽりと頭からフードをかぶって、朝方、街に入った。
そして、なんとペートリューが勝手知ったる街というふうに迷いなく歩いて、とある区域外れの安宿……いや、高すぎず安すぎずの、ちょうど良い価格帯で、かつ目立たない三階建てのアパートを見つけ、アッという間に前金を払い、契約して、その三階の一角を昼前には新居としてしまった。
ペートリューにしては的確かつ手早い仕事に、プランタンタンも驚く。
「ペートリューさん、フランベルツの言葉が分かるんで?」
「あんまり、リーストーンの言葉と変わりませんからね。プランタンタンさんも、すぐに分かるようになりますよ」
「そうでやんすか……」
じっさい、街で話している言葉に聞き耳を立てていると、確かにリーストーン語と大差ない。
というより、そもそもリーストーン家はフランベルツの出身なのである。
また、ペートリューはその足で両替所に行き、タッソ代官の刻印の入ったリーストーン銀貨を全てフランベルツ銀貨に変えた。帝国内は通貨が統一され、全てトンプ貨幣で通用するが、銀の含有量などの関係で、同じトンプでも地方によって微妙に価値が異なる。ここまでの行程で些少、金を使い、残金7,769トンプは少し増えて8,002トンプになった。
「交換するだけで儲けたでやんす」
レート差にプランタンタンは驚き、かつ喜んだ。
そして、些少の生活物資を買いこみ、アパートへ戻った。流しと、風呂まである。ただしボイラーは備えつけられておらず、流しで沸かした湯を張る仕組みだ。ま、温泉地ならいざ知らず、この世界、この時代の一般的な「風呂」だ。薪や石炭のボイラーがあるほうが珍しく、贅沢だった。
「静かで、いい街でやんすね」
「とんでもないですよ。この街には、大きな裏の組織が三つもあって、それぞれ縄張りを持って、シノギを分けあっています。基本、ヤバいことなら何でもしますが、それぞれ大きなシマを持っていて、互いにそのシマにはあまり手を出さないでいます。それが、闇の賭け闘技場を含めて、賭博の一切を仕切る『フィッシャルデア』という武闘派組織と、麻薬や売春を仕切る『レーハー』、最後に裏金融と金貸しを仕切っている組織……というか、なぜかフランベルツ伯爵家を崇拝している政治結社『ギーランデル』です。ここの区画は、三つの組織の緩衝地帯なんです。あまり、組織の者が出入りしません」
「……ず、ずいぶん詳しいでやんすね」
 




