第9章「ことう」 2-8 かつて墜落した船
モラーウールケはボロートゥスバーを見やり、ボロートゥスバーが深くうなずいた。
「では、いちおう、2人残します。他は、私と共に来い!」
若いのと壮年の女性のエルフ2人を残し、モラーウールケが船縁を飛び越えて海に落ちた。たちまち海水を魔術で固めて大きな救命用ボートを造り、ラペオン号の周囲から救助活動を開始する。
「水に水を浮かべて、よく見えるな……」
感心しつつも呆れて、ルートヴァンがつぶやいた。
「さあて……ゲベラー海洋エルフの酋長殿……少しでいい、教えてほしいことがある」
「なんでしょう」
座りこんでいるボロートゥスバーが、上目遣いでルートヴァンを見やった。
「北海の魔王は、我らにとっては名も知らぬ謎の魔王よ。タケマ=ミヅカ様……大魔神様より伺ったことがあるのも、その魔王号のみ。居場所であるという、この絶海の孤島も、ヴィヒヴァルンでどうにか探し出したのだ。そこで……正確でなくともよい。とにかく情報が欲しい。お前たちゲベラーエルフに、何か北海の魔王に関する伝承か何かないか?」
「伝承ですか」
「そうだ、なんでもいい。北海の魔王は、少なくともこの1000年はゲベロ島にいるはずだ。何をしている? ただ、居座っているだけか?」
「いや……そもそも、空を割って大船が降ってきたところから御話しせねばばりますまい」
その言葉に、腕を組んでゲベロ島を凝視していたストラが、小首と眼だけをボロートゥスバーに向けた。
「空を割って、船が降ってきた、だと?」
ルートヴァンも、話の思わぬ導入に驚く。
「左様です。何年前か、正確な年数は分かりません。少なくとも、3500年以上も前とされています。そう、伝わっております」
「3500年も前とあれば、お前たちエルフにとっても、まずまずの昔じゃあないのか?」
「左様にて……私の、高祖父の父の代あたりです。そのころには、既に我らゲベラーエルフはこのゲベロ島に住まっておりました。ゲベロ島は、数百年に一度はあの山が噴火する島でしたが、大船が降って来てからは一度たりとも噴火しておりません。ただ、時おり白い煙をあげるのみにて」
ルートヴァンとフューヴァが、振り返って海上に浮かぶゲベロ島の火山を見やった。確かに、細く白い噴煙が上っている。
我々の火山学の常識では、それまで数百年に一度は必ず噴火していた火山が、その後3500年も噴火しておらず、しかも完全に活動が沈静化しているわけでもないというのが、どれほど異常なことか分かるが、ルートヴァンとフューヴァには、だからなんなんだ、という感想しかない。
その異常性を認識できるのは、ストラしかいなかった。
ストラは、島の内部の広大な探査不能空間を思い出した。噴火を押さえているのは、レミンハウエルがフィーデ山の噴火を押さえていたような魔法的な機構による事象か。それとも、その謎の空間が関与しているものか……?
「で、その大きな船が落ちてきて……どうなったのだ? いや、待て。大船と云うが、どれほどの大きさだったのか?」
「はい、長さがほぼゲベロ島の幅ほどの、何千人も乗ることのできる細長い棒のような船だったそうです」
「でかすぎだろ! そんなフネがこの世にあるわけねえだろ!」
フューヴァの感想は、至極まともな反応だ。
「まあまあ、フューちゃん……あくまで、伝承だから。伝承。尾ヒレハヒレがつくだろうさ」
「それにしたってよ……」
フューヴァが、口をとがらせる。
「それに、空を割ってって、どういう意味でやんす?」
「プランちゃんも、例えだよ、例え。いちいちつっこんでたら、話が終わらないだろ」
ルートヴァンがそう云うが、
「いいえ、本当に、ゲベロ島の上の空が割れて虹色に光り輝き、巨大な彩光の中より巨大な船が降ってきたのです。そのまま、その船はゲベロ島の地下に沈み、乗っていた人々の子孫がゲベル人となって今でも島に暮らしております。これは、ゲベル人の伝承とも一致しているのです」
「へええ……」
と、ルートヴァンが感心して見せたが、まったく信じていなかった。
フューヴァとプランタンタンも、信じる信じない以前の問題だ。おとぎ話を聴いている感覚だった。
だが、ストラは違う。
(虹色の光は、位相空間転移による次元発光現象と一致。その巨大な船というのは、やはり恒星間航行用巨大デヴァイスと推測。伝承による飛来状況を鑑みるに、この星が目標だったとは考えにくく、何らかの事由により、次元航行中に位相空間より緊急脱出。ゲベロ島に不時着……いや、墜落した可能性が高い。また、形状的にも、ゲベロ島地下探査不能範囲が当該デヴァイスと推測される)




