第9章「ことう」 2-7 生存者
フューヴァが、半笑いで聴き返した。以前、船を自在に動かせるような都合のいい魔法など無い、とルートヴァンが豪語していたからだ。その後、風を動かす魔法ならあり、帆に風を当て続けることで船を走らせ、ランヴァールの島に到達した。
ちなみに、いま帆を張り、マストを操る技術を持つ者はメンバーにいない。
「僕だって考えて、練習し、開発しているんだよ」
ルートヴァンも、半笑いで云い返す。
「もっとも、まだ微速だけどね」
杖を振って、密かに術式を編み出し、思考実験していた魔術を思考行使。
ラペオン号が、軋んだ音をたててゆっくりと独りでに動き始めたので、フューヴァとプランタンタンが感心して声を上げた。
「おい、こりゃすげえぜ!」
「さっそく、あっしが酋長様を探すでやんす!」
プランタンタンが動物のようにマストを駆けのぼり、見張り台に入った。
そしてすぐさま、
「ルーテルの旦那あああ!! けっこうあっちこっちに、海エルフの連中が浮かんでるでやんすよおおお!」
「生存者を探すんだ、プランちゃん!」
「合点承知で!!」
薄緑の眼を真ん丸に見開いて、プランタンタンが海面を凝視した。まだ激しく波が立っており、木の葉のように瓦礫やエルフが漂っている。
しかし、大半は死体や意識不明で虫の息であると思われた。
「生存者だぞ、誰でもいいから、生きてるエルフを探してくれ!」
ルートヴァンが、再度叫んだ。
「わっかっておりやああすよおおおお!!」
勢いよくそう返事をしたのは良かったが、いくら目を凝らしても、プランタンタンにはよく分からなかった。
「半径30キロメートル以内で、生存者は79名。非生存者及び意識不明者は896名。それ以外は、既に探査範囲外に流れ去った模様。当該酋長と思わしき人物の生存を確認。魔力子効果……すなわち魔法で難を逃れたと推測されます」
いつの間にか甲板に現れたストラがルートヴァンの後ろでそう云い放ち、ルートヴァンと隣にいたフューヴァがビックリして飛び上がった。
「さ、さすが聖下! 一瞬でそこまで……このルートヴァン、常に常に、心底より感服奉って御座ります!」
「ルーテルさん、いちいちいいんだよ、そんなこと……!」
胸に片手を当て、深々と礼をするルートヴァンの背中を叩いて、フューヴァが叫んだ。
「ストラさん、その79人とかいう生き残り、ぜんぶ助けるんすか!? この船に乗るのかよ!?」
「どうしますか、ルーテルさん」
ストラが相変わらず仏像のように変化の無い半眼無表情で、ルートヴァンに質問する。
ルートヴァンは戸惑いつつも、
「え、あっ……オホン、ええ、残念ながら、全員は無理です。おい! えー……なんだっけ……ナントカという副酋長、酋長は我らが救ってやるから、残りは自分たちで何とかしろ! いいな!」
「む……!」
体力はルートヴァンの魔術で回復したが気力が萎えていたゲベラーエルフたち、その言葉に顔を上げた。
「畏れながら聖下、酋長はどれで御座りましょうや?」
ルートヴァンが申し訳なさげにそう尋ねると、
「私が行ったほうが早い」
云うが、鳥のようにストラが飛翔して行ってしまい、ルートヴァンが驚いていると、もう遥か彼方の水面で息も絶え絶えに浮いている酋長ボロートゥスバーを救い上げ、そのまま抱えて飛んで帰ってきた。この間、3分あったかどうか。
「ボロートゥスバー様!!」
モラーウールケが叫び、他のゲベラーエルフたちも酋長の周囲に集まった。
「ああ……モラーウールケ……皆も……生きていたか……」
「はい、なんとか。敵ながら、イジーゲン魔王様御一行に助けていただきました」
濡れ鼠のボロートゥスバーが、眼をしょぼしょぼさせながらストラへ礼をした。
「畏れ入る……魔王同士の戦いは、本来、我らは干渉しないことが肝要なのだが……立場上、そういうわけにもゆかず……」
「なあに、御互い様よ」
ルートヴァンが口元を歪めて、ストラに代わってそう答えた。
「我らは、酋長と先ほどの話がある。お前らは、仲間を救ってやれ」
そう云われ、モラーウールケが、一瞬躊躇したので、ルートヴァンが苦笑まじりに、
「いまさら、酋長を攻撃する気はない。魔王様を信じろ」




