第9章「ことう」 2-4 何かを飛ばした
ボロートゥスバー酋長に云われ、ポーザウーネルが魔力を飛ばす。ゲベラー海洋エルフ随一の魔法戦士にして第1戦士隊長トッバールクルッサが、館にすぐ現れた。というのも、館の警護をしていたからだ。
「なにか」
「テヌトグヌ様に御願いし、魔王様よりさらなる魔力の供給を!」
「……!」
トッバールクルッサは一瞬、目をむいて驚き、すぐさま、
「畏まりました」
その場で、ゲベロ島の火山の地下に潜む強力な魔族であるテヌトグヌへ魔力を飛ばした。
「テヌトグヌ様!」
「こちらでも、状況は把握している」
すかさず、遠隔通信めいて返事がある。脳内に響くというより、館の中に低い地鳴りのような声が響き渡った。
「異次元魔王は、魔力を使わない。信じられないだろうが、真実だ。相手は、強力な魔術師ながら人間だぞ。何をやっている」
「申し訳も……!」
淡々と正論を述べられ、エルフたちが恐縮する。しかし、彼らは、ヴィヒヴァルンの秘儀を知らない。ルートヴァンの父にしてヴァルベゲルの息子であるフィデリオス王太子が、赤色のシンバルベリルと合魔魂を行い、魔王に匹敵する魔力を供給していることを。その合魔魂を、隔世で代々引き継いでいることを。その人知を超えた呪われし大魔力を操る実力を、ルートヴァンは有していることを。
「ロンボーン様とて、御暇でも御遊びになっているわけでもないのだ。偉大なる使命に邁進し、その補佐と表の対応に私が選ばれている。その私の魔力だけでは足りず、魔王様より直接に魔力をいただこうというのか? これは、魔力の量の問題ではない」
それには、ボロートゥスバーが、
「おっ、お、畏れながら申し上げます……我らの実力の不足は、否定致しませぬが……現実、このままでは再びランヴァールを奪われまする。イジーゲン魔王を海の底深くに鎮めておくためには、何としても魔王様の御力が必要……!」
しかし、テヌトグヌ、
「長年、貴様らを買いかぶっていたようだ」
「テヌトグヌ様!! 御慈悲を!!」
ボロートゥスバーが、必至の形相で叫んだ。
「とは、云うものの……奴らがバ=ズー=ドロゥを打ち倒したのも、現にランヴァールを再び支配しかけているのも事実……いましばし、もちこたえろ」
声が遠ざかる。ゲベラーエルフたちは、幾分か安堵した。テヌトグヌは、魔族らしく人間やエルフの感情、思考、理解から遠い部分があるが、その分現実主義だった。口では何と云おうと、現実を無視し、ルートヴァンの好きにさせるはずがなかった。
「よし……ここは、魔王様の助太刀があるまで、我らが一丸となるぞ……!」
「いかさま!」
ゲベラーエルフたちが気合を入れ直し、トッバールクルッサも加わって、4人で秘術を行使する。ルートヴァンの妨害を跳ね返し、ランヴァールの支配をより強める。また、一気にランヴァールを海底のさらに奥底へ埋めてしまうのだ。
魔力の流れと勢い、魔力量、さらには術式行使数も増え、ルートヴァンが不敵に笑う。
(1人増えたな……。だが、これは専門の魔術師ではない……クク……こんな中途半端が1人増えたところで、むしろ均衡が崩れるだけよ……いないほうがマシだ。魔力干渉戦の、イロハも知らんと見える……!)
ルートヴァンが、白木の杖を使って空間に魔法陣を描き始める。
ランヴァールがルートヴァンとゲベラーエルフの支配権の奪い合いに敏感に反応し、その魔力中枢器官が混乱しはじめていた。これはエルフたちも気づいているはずだったが、別に対処をする気配もない。その余裕が無いか、その発想が無いか。
(フ……まさか、気づいていないという体たらくではあるまいな)
魔族を含め、魔物には脳も心臓も血管も神経も無く、全細胞に行き渡る魔力をこの中枢機関がコントロールしている。酸素を必要としないので、呼吸すらしていない。全身で周囲の空間の魔力を吸収し、魔力で生きている。
ランヴァールの魔力中枢器官は、まさに家のような巨大さだ。
ルートヴァンが、赤く光り輝く魔法陣を、ラペオン号の客室から島のような大魔獣の魔力中枢器官めがけて飛ばした。膨大な魔力を直接コントロールし、ゲベラーエルフからランヴァールを奪おうとしている作業と同時に行う。秘術の同時行使だ。
魔法陣は、混乱の魔法を刻んでいた。これは、直接魔術をかけるのとは少し異なり、魔法陣は術式を「運ぶ」役割をする。相手が人間やその程度の大きさではなく、島のように大きいための措置だ。
ゲベラーエルフがランヴァールを支配する魔力の流れに乗り、魔法陣が魔力中枢器官めがけて進んだ。
驚いたのは、ボロートゥスバーだ。
「な、なんだ……あやつ、何かを飛ばしたぞ!?」




