第9章「ことう」 2-3 遠距離魔法戦
やがて、ランヴァールが海底に着底した。ストラが計測したところ、水深1200メートルの海底火山の麓だ。
そこで、ランヴァールがその4対8枚の巨大なヒレを使い、海底に穴を掘り始めた。そのため、甲羅の上がグラグラと揺れ、ラペオン号も大きく軋んだ。甲板に通じる出入り口から顔をのぞかせていたプランタンタンたちが驚いて、落ちそうになる。
ゲベラーエルフども、このままランヴァールをストラたちごと半永久的に海底に鎮座させようというのだろう。
「田舎エルフどもめ……浅はかなんだよ、考えが……」
ルートヴァン、そう思いつつ、バレゲル森林エルフと接触した際に、次元トンネル魔術を「田舎エルフの田舎魔術」と内心蔑んで侮っていたために、後にその次元トンネルから脱出できなくなったことを忘れぬ。
「どれ……」
慎重に慎重を重ね……かつ、できるかぎり短時間で、ゲベラーエルフの秘術の解析とその対策を練り始める。
魔法戦だ。
しかも、遠距離の。
加えて、互いに全く形式や理論の違う術同士の戦いである。
(最も手っ取り早いのは、再度、僕がランヴァールの支配を奪うことだが……さて、どんなものだ?)
まず、これから試す。
ストラも、ゲベロ島を探索しつつ、魔力子観測の実地練習として、その魔法戦を近距離から観測した。
また、そうすることで、ゲベラーエルフとあの探査不能部分……すなわち、北海の魔王との魔法的(魔力的)な関係を暴こうと試みる。また、
(この巨大魔獣ランヴァールの『魔力中枢器官』を破壊すれば、躯体が崩壊し、ゲベラーエルフの支配を逃れて我々だけ次元脱出できる。しかし、そうすることで北海の魔王が探査不能部で行っている行動との接続及び関係性が絶たれ、まったく事前情報の無い状態で当該魔王と戦闘を開始する可能性が高い)
ため、ストラは静観しつつ、観測及び偵察に徹することにした。
というのも、
(当該探査不能部分……形状的に、ベルンステルン級大型恒星間航行次元デヴァイスに酷似……)
それが、どうにも気になるのだった。
北海の魔王が、過去物理的に当該惑星に飛来したかもしれぬ超巨大宇宙船と何らかの関係がある可能性があるのだ。
それは、ストラにとって無視できない状況だった。
ルートヴァンは、部屋で水平に保っている魔力の床に座ったまま、海魔の杯を取り出した。この小さな真鍮製のカップが、大魔獣を完璧にコントロールする。目に見えないが、魔力に満ちており、その魔力が大魔獣の魔力中枢器官に直結している。
杯には、いま、ゲベラーエルフの魔力が満ちていた。
それを、再びヴィヒヴァルンから次元を超えて送られるルートヴァンの魔力に置き換えなくてはならない。
(と、いうことは……つまり、だ……。父上の発する赤いシンバルベリルに匹敵する大規模魔力を、あの田舎エルフどもが有してることになる。いかに魔法種族とは云え、それほどの魔力源を持っているとは思えない。扱えても、せいぜい黄色やそこらのシンバルベリルだ。それとも、あの海エルフどもも、合魔魂を……? または、魔力集積術でも使ってるのか?)
集積魔術は、例えば100人から魔力を集めて100人分とし、1人が強大な魔力を使用する術である。
そのうちにも、ランヴァールが身体の半分を海底の泥に埋め終わった。周囲に濛々と土砂が舞い上がり、ドーム状の魔力の空間も埋まる。
(この魔力の天蓋も、いつまで持つか……。ランヴァールが最初から持つ力だしな……エルフの連中が、どこまでランヴァールを支配できるのか……。さて)
ルートヴァン、さっそく、海魔の杯につながる魔力の流れを把握し、切断するための妨害を試みる。ルートヴァンクラスとなると、術式による効果変換作業をすっ飛ばして、魔族と同じく魔力そのものを直接制御できる。使用する速度も量もケタ違いだ。
驚いたのは、ゲベラー海洋エルフの魔術師たちである。
特別な祭壇の組まれた神殿に近い儀式の館に集まり、酋長ボロートゥスバーと、2人の酋長補佐ポーザウーネル、モラーウールゲの3人でランヴァールを操っていた。
「これッ……これは!」
あまりの強力な妨害に、面食らった。彼らとて、これほどの人間の魔術師を相手にするのは初めてだった。いや、とても人間とは思えなかった。まさに、魔王に匹敵する魔力を扱っている。
「バ=ズー=ドロゥ様を倒したというのは、伊達ではないぞ!」
「それに、これはまだイジーゲン魔王ではない! その手下だ!」
「手下で、これか……!」
「トッバールクルッサを呼べ!」




