第9章「ことう」 1-11 ゲベラー海洋エルフ
と答えたところで、その潜水艦型水面の内側から、まさに水から出てくるように、エルフ達がゾロゾロと出てきた。みな、銛のような長柄の武器を持っている。
そのエルフを見て、2人が二度、驚く。エルフというより、見た目だけで云えばまるで半魚人だ。海藻のような色とりどりのザンバラ濡れ髪に、薄水灰色の肌。最初は、そういう色のぴっちりと肌に貼りつくような衣服を着ているのかと思った。目鼻立ちや特徴的な長い耳、スラリとした長い手足で、かろうじてエルフと分かった。衣服は、腰回りのこれまた海藻を編んだような布切れのみだった。灰色や水色、黒褐色、またサンゴのような桃色の眼で、2人をしげしげと見つめている。
と、隊長と思わしき1人のエルフが前に出て、ルートヴァンを手で指しながら何か言葉を発した。言語魔術で自動的に翻訳されるはずだったが……口の中に水をためて動かしているようなグチュグチュ、ピチャピチャ、ブクブクという音が混じり、とても言語とは思えなかった。
「おい、マジか、術式が対応しないぞ」
ルートヴァンがさらに驚きつつも楽しそうに、耳に左手を当て、右手で杖を細かく振った。ラジオのチューニングを合わせるように、少しずつ魔力を調整、臨機応変に術式を変換する。
すると、段々何を云っているのか分かってきた。
「……たちは、何者だ。どうして、ランヴァールを支配している。バ=ズー=ドロゥ様からは、何も聞いていないぞ」
だいたい、こんな感じだ。
「あー、あー、オホン、アー、僕の言葉が分かるかね?」
ゲベラーエルフたちが、おおっ、と声を上げた。
「分かる。分かるぞ、あんたは魔術師か? バ=ズー=ドロゥ様の手下なのか?」
「バ=ズー=ドロゥとは……この大魔獣を操っていた魔族だな? ゲベラーエルフといったな? お前たちは、北海の魔王の手下か?」
「先に、こちらの質問に答えろ! 侵入してきたのは、あんたらだぞ!」
「御もっとも……」
ルートヴァンが不敵な顔つきとなり、白木の杖でタンと甲羅の地面を突くや、いつもの口上。
「我らは、かのフィーデ山の火の魔王レミンハウエルを倒し、その魔王号を引き継いだ異次元魔王ストラ聖下の忠実なる配下である。ストラ聖下は、かつてこの世の全魔王を倒し大魔神・大暗黒神・大明神の3つの御名を持つ究極の神にして世界を支える要神となられたるメシャルナー様に見初められ、次なる要となるべく、世界の魔王を討ち倒して回っている。既に、ウルゲリアの聖魔王は滅ぼした。次は北海の魔王だ。貴様ら、今のうちに異次元魔王様に帰依するのであれば、助かる道もあるというもの。よく考えろ」
当たり前だが、ゲベラーエルフたちがポカンと口を半開きにして固まりつき、それを見やったプランタンタンが同情する。
「いっぺんに云いすぎでやんす」
「最初にガツンと云ったほうが、いいんだよ」
「それにしたって……」
そこで、先頭のゲベラーエルフがルートヴァンを指さし、
「なん……おまえ、なにを云っている!? 魔王様を倒すだと!? できるわけがない!」
その声を先触れに、後ろのエルフたちが、
「そ、そうだ!」
「そうだ、そうだ!!」
「魔王様はおろか、畏れ多くも、テヌトグヌ様に殺されるだろう!」
「いや、その前に、俺たちがぶち殺してやる!」
「そうだ、トッバールクルッサ、この場で殺せ!!」
そうやいのやいのとわめきたてたが、トッバールクルッサと呼ばれた隊長が手で制した。
「……新しい魔王の配下ということか? では、バ=ズー=ドロゥ様を討ち倒し、このランヴァールを奪い、あの結界を抜けて来たのだな?」
「それ以外にあるまい。現に、このランヴァールは私の支配下にある。ほれ」
ルートヴァンが魔術師ローブの下のポケットから「海魔の杯」を出して見せたので、エルフたちが驚くと同時に感嘆した。
「で、あれば、我らに勝ち目は無い……。だが、魔王様は倒せんぞ……。倒すということが、不可能な御方なのだ」
「ほう……」
北海の魔王については、ルートヴァンにとっても「そういう魔王がいる」とタケマ=ミヅカに聴いていただけで、詳細は知らない。
「どういう意味か、あえて聴くまい。お前たちに聴いたところで、どうせ深くは知らんだろうからな。分かったら通せ。我らはゲベロ島に向かう。それと、異次元魔王様と北海の魔王との戦いに巻きこまれる恐れがある。お前たちは、今のうちに逃げておけ。これは親切心だ。なぜならば、聖魔王が討ち倒され、ウルゲリアは滅んだのだ」
「ウルゲ……?」
「ウルゲリアを知らんか……まあ、いい。そういうことだ。分かったら消えろ」




