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第9章「ことう」 1-9 水葬

 ルートヴァンが腕を組み、


 「半月ほど前と云えば……ちょうど、聖下がゴルダーイを倒したころじゃあないかな?」


 「…………」

 3人が互いを見ながら時系列を思い出し、ややしばし考えたが、

 「ルーテルの旦那、だからどうしたんで?」


 「次に聖下が倒そうとする魔王は、ゲベロ島の北海の魔王……実際、その通りだが……北海の魔王が、そう読んで防衛を開始したのだとしたら?」


 それは、既にストラがノラールセンテ地方伯の屋敷でそう推察している。それが、現実味を帯びてきたというわけだ。


 「ははあ、あっしらが近づくのを防ぐために、問答無用に片端から船を沈み始めたというわけでやんすか」


 「その通りさ、プランちゃん。その前までは、密貿易とはいえ、交易が行われていた。あの大仰な嵐や、魔力の壁も、きっとそうなんだろうさ。聖下の接近を防ごうという愚かで浅はかな試みだよ。そして、その嵐や壁を通り抜けることのできる大魔獣ランヴァールを護るために、あの愚かで無礼な魔族が派遣されていたし、あの愚かで無礼な魔族は御丁寧にウルゲリアの船まで沈めていたんだ」


 「あの愚かで無礼な魔族」とはもちろん、バ=ズー=ドロゥのことを指す。バ=ズー=ドロゥがゲベロ島から来たという事実は、ゲネル人やゲベラー海洋エルフの支配者が魔族であるというチィコーザ王国の懸念と情報が正しいことを意味する。


 「しかし、あっしらがこの島の魔物をとっ捕まえて、堂々とやってくるたあ思わなかった、というわけでやんすね!」


 「ま、そういうことだね」

 状況を把握したルーテルは、もう興味を無くし、


 「聖下、以上のような仕儀にて御座りまする。こやつは、用が済んだので処分致しましょう」


 事も無げに、杖先を横たわるシテインに向けた。


 3人は驚いてルートヴァンを見たが、確かに連れて行くわけにもゆかず、チィコーザ王国に送ってやるわけにもゆかない。


 そのまま、黙ってまだシテインに手をかざしているストラを見やる。

 と、ストラが手をかざすのを止め、立ち上がった。

 気がつけば、シテインは息を止めている。


 「聖下……わざわざ、聖下が御手にかけずとも……」

 ルートヴァンが、申し訳なさそうに後ろで礼をする。


 「いえ、どっちにしろ、この状況及び環境では、長くはなかったでしょう。私の治療も、一時的な延命措置に過ぎませんでした」


 「御意」

 ルートヴァンがさらに深く礼をし、

 「せめて、水葬にしてやりましょう」


 云うが、杖をちょいと振る。シテインが独りでに動き、甲羅の大地の上を滑るように足元から海に飛びこんで、波間に消えていった。


 「…………」

 プランタンタン達が、神妙な顔でその様子を見つめた。


 「あの船も、プランちゃんが期待するような御宝は無いと思うよ。ゲベロ島に行く前に襲われようだしね」


 ルートヴァンがそう云って、魔力の綱を切る。難破船が静かに、波に運ばれて遠ざかって行った。


 「では、大魔獣ランヴァールを進めまする」


 ルートヴァンが操作し、ランヴァールが強力に巨大なヒレを動かし始めた。どういう魔術か知らないが、北海の割に一帯の海域は穏やかな気候だったが、やはり風が吹きつけると冷たく感じた。みな、島のような甲羅の上で傾いているラペオン号に戻り、特に話すことも無くそれぞれ工夫してしつらえた場所で横になって時間を過ごした。


 それから、数時間が過ぎたころ……。


 もう秋も深まってきた北の日暮れは早く、我々で云う午後5時ころには西の空が茜色に染まった。まるで、聖魔王ゴルダーイ亡き後のウルゲリアの大地のように。


 いや、やはり違う。ウルゲリアは、もっと濃い血の色だ。

 「島が見えるでやんす」


 いつの間にやらほぼ横倒しの船縁ふなべりに立って夕日を眺めていたプランタンタンが、その夕日の中に浮かび上がる山を発見した。火山島だ。山の頂上付近から、白煙と熱による陽炎が見えた。水平線の向こうから、次第に山が大きくなる。


 「旦那、ルーテルの旦那あああーーーッ、島でやんすよおおお!」


 船内に戻ったプランタンタンが、一等客室のルートヴァンの部屋をノックして叫ぶ。室内で空中に浮遊しながら水平に横になっていたルートヴァン、


 「どれ、着いたか」


 起き上がって、魔力で作った目に見えぬ水平の床を踏みながら、ほぼ横になっているドアを開ける。


 と、プランタンタンとストラがいたのでびっくりした。

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