第9章「ことう」 1-8 穴熊
「ルーテルさん、いっぺんに云いすぎたんじゃねえ?」
「う、む……」
フューヴァにそうつっこまれ、ルートヴァンが少し、口元を曲げた。
(はて……商人に偽装した、特務の騎士階級か軍人と思ったが……。ま、それにしても、確かにいきなり魔王がどうのこうのは、意味不明だったか……)
だが、深く関わっている暇もないし、手間も煩わしい。
「貴様、己の置かれている状況をよく認識しろよ。貴様の頭の中を覗く魔術など、いくらでもあるのだぞ。だが地獄の苦しみであるし、最悪、廃人となる。せっかく拾った命だ……己の責を果たすにはどうしたらよいか……考えろ」
苦しいのも、廃人となるのもハッタリだった。もっとも、そうしようと思えばできたが……。
「あ、う……その……」
カーレルはどこまで情報漏洩を防げるかを懸命に考えたが、自分を見下ろすルートヴァンと、なにより氷のような無機質な半眼で同じく自分を見つめるストラの瞳に恐怖した。
「ま、魔王……魔王ですと……!」
「いかにも、異次元魔王ストラ聖下である」
そこでフューヴァが、無意識に首から下げている魔王紋のメダルを服の上から掴んだ。いつでも出せるように。だが、
「で、あれば、確かに、身共の頭の中を覗き見るなど容易いことと存ずる……。いや、むしろ、そうしてもらいたい。いかに命を救われようとも、身共の口を割らせることは不可能と心得よ」
「その物云い……チィコーザの騎士だな? で、あれば、殺されても泥は吐くまい。いいだろう。だが安心しろ……その誇りと覚悟に免じ、こちらも真実を伝えよう。苦しいのは、ウソだ」
「え……」
もう、ルートヴァンの催眠魔術がかかり、カーレルは知ることを全て答える。
「改めて、貴様の身分と姓名、そして任務を話せ」
「はい。身共はチィコーザ王国中央騎士団第六部隊、通称『穴熊隊』のバーベル・シテインと申す。歳は、35に御座る。我ら穴熊は、いわゆる諜報工作部隊にて。チィコーザでは、古くはゲベロ島の征服を試みたこともありましたが、ことごとく失敗。その後、不定期に交易を行っておりました。ですが、ゲベル人とゲベラーエルフの背後に魔族がいるらしいことが判明し、現王イリューリ陛下が、およそ20年前に一切の交易を禁じました。しかしながら、ゲベロ島の特産物はたいへんに高価で……密貿易が絶えませなんだ。それゆえ、身共は密命を受け、密貿易船に潜入し、密貿易組織とゲベロ島の情勢を探ろうとしておりました。が、いきなり魔物に襲われたのです。また、船内で得た情報によると、この半月ほどで、チィコーザの密貿易船だけではなく、ガフ=シュ=イン藩王国やガントック王国も含めて、ゲベロ島に近づく船が何隻も沈められているとのことで御座りまする」
「ふうむ……」
ルートヴァンが顎に手を当てて、ひとまず情報を脳内で整理した。
「ゲベラーエルフってなんだ? ゲベロ島にも、エルフがいるのか?」
フューヴァがそう尋ねたのは、シテインではなくプランタンタンだった。
「だから、知らねえでやんす」
呆れた顔で、プランタンタンが答える。何度、同じ答えをすればよいのか、という顔だった。
「ゲベラー海洋エルフは、帝国成立のはるか以前よりゲベロ島に住んでいるという魔法種族で、海の中に村を作っていると云われております」
「なんと、海中に!」
ルートヴァンも驚いた。いかにエルフだとしても、海の中に住んでいるとは。
「そのエルフの産物も、大変に高価で」
「なるほどな」
云いつつ、ルートヴァンがチラッとプランタンタンを見る。「高価」という単語が出るたびに、獲物に気づいたキツネみたいに背筋を伸ばして耳を立てているので苦笑する。
「しかし、どうして半月ほど前から、船が襲われ始めたんでしょう? 交易を禁止したのはそのチィコーザ王国のほうで、ゲベロ島では船を沈める理由が無いはずです」
極々たまーー~~~にまともなことを云うペートリューに、ルートヴァン、プランタンタン、フューヴァの3人が思わず振り返ってペートリューを凝視した。ペートリューは「えっ?」という表情で急にドギマギし、水筒の酒を一気にカラにした。
「そうだぜ、どういうわけだ?」
フューヴァが、またプランタンタンに尋ねた。
「なんで、あっしに聴くんでやんす?」
プランタンタンが、眉をひそめてフューヴァを見返した。分かるわけがない。
「なんとなくだぜ」
フューヴァが大マジメにそう答え、プランタンタンは驚いて息を飲んだ。どういう意味なのか。もちろん、シテインも、
「それを調べるためにも、身共が潜入しようとしておりました」
「なるほどねえ」




