第9章「ことう」 1-7 尋問
「聖下、ここはひとつ、僕が回復魔法をかけまする」
回復系の術は神聖魔法のほうが得意だったが、ヴィヒヴァルン流魔術にもちゃんとある。魔力の使い方が少し異なり、神聖魔法がどちらかというと患者の回復力を高めるのに対し、ヴィヒヴァルン流では魔力で直接傷を塞ぐ。
従って、外科的なケガではなく、こういう衰弱している相手には、神聖魔法のほうが効果が高い。
「いいよ」
ストラが、ルートヴァンの魔力子の流れを詳細に観察する。
だが、その前にもう一瞬で遭難者の状態を医療探査済みあった。
(典型的な脱水と低栄養……虚脱……水分とブドウ糖投与が、一般的治療)
この意外に温暖な気候のせいか、低体温症にはかかっていなかった。が、10日以上も暗い船内で水に浸かりながら生きながらえ、精神的疲労も含めてかなり状態は悪い。
ストラとしては周辺分子より水と単糖を合成し、疑似ナノマシンで皮膚から血管内に投与するだけでかなり回復すると思われた。なにせ、水素、酸素、炭素はいくらでもある。
案の定、ルートヴァンの魔法では、男はあまり回復しなかった。全身の擦り傷や打撲は、たちまちきれいに治ったが。
「む……」
ルートヴァンの表情が固くなる。
第7章でも記したが、この世界にはケガや病気を治すための回復魔術は存在するが、ゲームやアニメのように術が全自動で全てを治療するわけではない。なぜかというと、魔力を動かす術式を開発した者や行使する者に高度な医療知識が無いからである。云い方が悪ければ、あてずっぽうで術をかけ、魔力を動かし、患者の状態にたまたまフィットすれば効果は高いが、外れたらあまり効果は無い。ただでさえ魔術は学問であると同時に職人技術だが、その中でも回復魔法はさらに経験と勘が求められる。
「違う術をかけまする」
ルートヴァンがそう云うが、ストラが手で制した。ルートヴァン、胸に片手を当てて深く礼をし、後ろに下がる。
ストラが倒れている男に手をかざし、それから右腕にかけてゆっくりと動かした。周囲の空気や海水より分離合成した水と単糖、それに電解質を疑似ナノマシンにより投与する。
しばらくそうしていると、男が目を覚ました。
「気がついたぜ!」
フューヴァが明るい声を出し、ルートヴァンもさすが聖下と唸る。
「これは……!」
劇的に体調が戻り、声も出ていることを認識した男は、真っ先に自分へ手を当てるストラの無表情かつ人形のような顔を確認した。
「か、回復の魔法に御座るか……! すばらしい……! み、皆様は一体……?」
「まず礼を云い、己から名乗らぬか、無礼者が」
屈むストラの後ろからルートヴァンが男を冷たく見下ろして云い放ち、男は息を飲んで身を起こそうとした。が、それはストラに止められて、横になったまま、
「御助けいただき、感謝の極み……!! まさに、命を拾いまして御座りまする。みど……わ、私はカーレルという、チィコーザの商人にて……あの商船に乗り……ゲベロ島を目指していましたが、魔物に襲われ……」
「いつのことか?」
ルートヴァンが、尋問を続けた。
「わかりません……ずっと船の中に……」
「よく生きていたな。状態から診て……1日や2日ではあるまい。10日ほどか?」
「そうかもしれません……。運良く、船の前方にあった食糧庫が浸水せず、水や食料が……手探りでそれを飲み、食べつつ、なんとか生きておりましたが……他の船員は、恐らく助かっておりません。私以外、誰も食糧庫には……。流石に気力が持たず……諦めていたところに、船の壁の向こうに足音が……海鳥にしては大きく、また人のように感じ……最後の力で、そこらにあった物を投げつけました」
「ほう……」
ウソではなさそうだな、と思いつつ、ルートヴァン、カマをかけた。
「チィコーザでは、ゲベロ島と交易を行っているのか? 聴いたことがないが……」
平静を装ったが、男の眼があからさまに動揺を見せた。
「みっ、皆様方は、いったい……? それに、ここは? どこかの島ですか? まさか、ゲベロ……!?」
その動揺を見抜いたルートヴァン、初手から圧をかける。
「僕はヴィヒヴァルンがエルンストン大公ルートヴァン、こちらはかのフィーデ山の火の魔王レミンハウエルを倒し魔王号を引き継がれた、異次元魔王ストラ聖下だ。聖下は既に、ウルゲリアの御聖女こと聖魔王ゴルダーイも倒している。そして、我らはいま、ゲベロ島にいる北海の魔王とやらを討伐せんとして、この大魔獣ランヴァールを手懐け、大結界を抜けてきたのだ」
カーレルが目をパチパチと瞬かせ、ポカンとヒゲだらけの口を半開きにしたまま固まった。




