第9章「ことう」 1-6 遭難者
その間にも、ランヴァールを操作し、難破船へゆっくりと寄せる。それでも、島のような大魔獣だ。大きく波が立ち、難破船を押し流した。
「あっ、あっ、旦那、ルーテルの旦那、船が沈んじまいやす!」
「うるさいなあ、大丈夫だよ……」
プランタンタンの甲高い声に辟易しつつ、ルートヴァンが高度を下げた。
波に洗われる難破船は、舳先を上に傾いて1/3 も沈みかけている。
ルートヴァンがまずは詳細に外観を観察……と思ったら、プランタンタンが飛び降りるようにして船へ移った。
「おいいい! プランちゃん!」
プランタンタンがいったいどうやって飛翔魔術から「飛び降りた」のかよく分からず、ルートヴァンが驚愕に叫んだ。
「エルフだから、そういうこともできるのか!?」
もう、呆れて笑ってしまうほかは無い。
下り立ったプランタンタンは野生動物のように沈みかけの船の上をちょこまかと歩き回り、ルートヴァンが周囲を慎重に飛んでいると、
「旦那、ルーテルの旦那! 船の中から、ゴトゴト音がするでやんす! こっちこっち! こっちでやんす!」
「なんだって?」
ルートヴァン、もう驚きに慣れ始めてきた。プランタンタンの隣に下りる。
「耳がいいなあ」
エルフだからだろうか。ルートヴァンが感心しつつ、杖先でコツコツと船体を叩いて歩く。
すると、波打ち際ぎりぎりのところで、船内からドン、ドンという何かを叩く音が2回、した。
ただ、それっきりで途絶えてしまった。
「気のせいじゃないよね?」
ルートヴァンがいちおう、プランタンタンを振り返る。
「いまのが精一杯だったんじゃ?」
「死にかけ、か……。こりゃ急がないと」
云いつつ、まったく慌てずに、急いでいるふうでも無くルートヴァンが杖を振ると、バリバリと船の舷側に張られている頑丈な板が独りでに剥がれ、大穴が空いた。
波により船内に水が浸入しつつも、その穴を覗き込んでプランタンタン、
「おおーい、誰かいるんでやんすかああああーーーーー~~!?!?」
「ここだあああ……ここおおおおお……!」
掠れ声で、船内の暗闇から声がする。
プランタンタンはもちろん知らない言語だったが、タケマ=ミヅカの魔術により脳内で自動翻訳される。が、ルートヴァンは、そもそも遭難者の話す言語を知っていた。
(チィコーザの言葉か? どれ……)
ルートヴァンも覗くと、梁に手をかけたズブ濡れのヒゲモジャの男性が胸まで水に浸かり、まぶしそうに震える手を振っていた。
「生き残りは、お前だけか?」
ルートヴァンが冷たい視線を送り、そう尋ねた。高級魔術による、言語変換術だ。
「ああ……ああ……そうだ……そう……助けて……!」
ルートヴァンの声がチィコーザ語で聞こえ、男が涙を流しながら懇願する。
「どれ」
ヒョイと杖を振ると、男の体が浮き上がり、船内から救出された。
「おお……」
安堵のあまり、男が気絶してしまった。
浮遊魔術で男を持ち上げ、ルートヴァン、
「プランちゃんは残るかい?」
プランタンタンは、男を気にもとめずに穴の周囲をウロウロしていた。他に生存者がいないかどうか確認している……わけはもちろんなく、お宝を探しに船内へ突入できるかどうか見ていた。
「……ダメでやんす、水がすげえ入ってるでやんす、あっしは泳げねえんで」
「泳げないのに、よく来たね、こんなところまで!」
「帰るでやんす」
がっくりと肩を落とし、プランタンタンがルートヴァンの後ろについた。プランタンタンごと浮遊魔術で、ルートヴァンはランヴァール……ラペオン号に戻った。
もっとも、ルートヴァンの魔力であれば、難破船を丸ごと大魔獣の上に移動させることも可能だったが、興味がない。
(ま、こいつを尋問してみて……なにか重大な機密がありそうなら、別だが……)
念のため、魔力をロープのように難破船に繋げ、ランヴァールに結びつけた。少なくとも、流れて行ってしまうことはない。
ラペオン号もかなり傾いており、男を寝かせる場所を確保できなかったので、暖かいのをよいことに、船の近くの甲羅の上に船内から持ってきた毛布を敷き、横たえた。フューヴァとペートリューも、ストラに運んでもらい、水や食料をもって集まった。




