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第9章「ことう」 1-3 ゲベロ島の結界

 「せ、聖下は料理も御できになるのですか!?」

 と、ルートヴァンが驚きに満ちた顔でそう云ったが、

 「料理!? これが!?」


 思わずフューヴァが声を出す。この中で、生魚を食べる習慣の人間は・・・いない。


 つまり、プランタンタンは虫もドングリも生で平気なので、もちろん魚も生で平気だ。川魚やザリガニですら生で平気である。人間に深刻な健康被害をもたらす寄生虫も、エルフ(少なくともゲーデル牧場エルフ)には寄生しないらしい。


 もっとも、平気というだけで、奴隷以外の平民や支配階級のゲーデルエルフは、普通に火を通していたが。


 「うっひょ!! うんめえ!! 旦那、こりゃあ、うめえでやんす! こんなに脂ののったうおは、食ったことがありやあせん!!」


 バクバクと一皿を平らげ、プランタンタンが喜びを爆発させた。他の3人は、マジかよ……という表情かおで、そんなプランタンタンを見つめている。


 「みなさん食わねえんなら、あっしがいただきやす!」

 プランタンタンが手を伸ばしたが、

 「バカヤロ! 焼いて食うにきまってんだろ!」


 フューヴァがフォークに刺して、焚火で炙ろうとした。

 「火を通したほうがいいの?」

 ストラがぶっきらぼうに云い放ち、


 「ええ、まあ……」

 「さすがに……」

 「できれば……」


 などと、3人が気まずそうに返事をした。

 「わかったよ」


 ストラが大きな切り身を再び切り分けだしたので、3人は刺身をプランタンタンに押しつけて、その様子を見やった。


 基本的にラペオン号に調理設備は無く、多少の食器以外にフライパンも鍋も無かったが、ストラはなんと真鍮の大皿の縁を指でグニグニと押し曲げ、どこで拾ったのかよくわからない金属の板状破片を指先から出した高熱で溶接。簡易フライパンを造るや、空中にプラズマ球を磁力で浮かせたまま固定し、その上で魚の切り身を焼き始めた。


 久しぶりにうまそうな匂いが漂い、みな、喉を鳴らす。保存食以外の食事は7日ぶりだ。みな旅と粗食に慣れているとはいえ、暖かい食事に飢えていた。


 ただ焼いて岩塩を振りかけただけだが、大御馳走である。

 「う、うまい……!」


 ルートヴァンですら、感動で涙ぐんだ。フューヴァも夢中で食べ、ペートリューはワインと交互に口に入れて至福に酔った。プランタンタンも、刺身と両方味わう。


 しかも、なにせ巨大魚であったので、お代わりし放題だった。


 そうして飽きるほど食べたが、まだ巨大な半身1枚と、もう半身の1/3 程が余ったので、ロープを利用し寒風潮風に晒して干した。


 (鍋があれば、骨からダシが取れるんだけどな……)


 ストラはそう思ったが、船内を詳細に三次元探査しても、鍋状の器具は無かったので諦めた。


 その、翌日……。


 これまでも強風と波浪が続いていたが、それは北の海の季節性特有のもので、嵐というほどではなかった。


 それが、いきなり猛烈な暴風雨になって、広大な甲羅の上を波がザブザブと洗うようになった。ランヴァール自体はほとんど揺れず、酔うことは無かったが、甲羅の上で傾いているラペオン号が風に押されてギシギシと嫌な音を立て続けたので、プランタンタンとフューヴァは生きた心地がしなかった。


 「もし船が甲羅からずり落ちたら、たちまち転覆でやんす」

 「おまえ、テンプクなんて難しい言葉、よく知ってんな」

 「ペートリューさんが、そう云ってたんでやんす」


 「意味わかってんのかよ」

 「しらねえでやんす」

 「だろうな」


 フューヴァが苦笑したが、確かに、ドン、と風が打ちつけるたびに、そのまま押されるか船が破壊されるのではないかと思い、肝を冷やした。


 そのペートリューは、酒をかっくらって大イビキである。

 今更ながら、大胆というか、ただの酔っ払いというか、フューヴァが感心して唸った。


 「いよいよ、ゲベロ島の結界に近づいてきたようですね」

 ストラの部屋で、ルートヴァンが不敵な笑みでつぶやいた。


 ストラは傾いたベッドに胡坐あぐらのように座ったまま、重力制御によりそのまま傾いて座っている。ルートヴァンも魔術で宙に浮き、座ったまま水平を保っていた。


 従って、2人は互い違いに傾いて対峙していた。

 「うん」

 「この嵐では、生半可な船では近づけもしないでしょう」

 「うん」

 「まさに、この大魔獣でなくば突破は不可能です」

 「うん」

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