第9章「ことう」 1-1 北の海を行く
第9章「ことう」
1
360°見渡す限り水平線の大海原を進んで、7日が過ぎた。
方角的には、ウルゲリアのフィロガリ沖から北東北に向かっている。
ストラの単位で云うと、直線距離で3000kmほど進んでいた。時速10ノットほどだろうか。
なにせ小島ほどの大きさの物体がそのまま動いているので、船のようにはゆかぬし、進行方向は抵抗により波飛沫が凄まじい。風も強く、体感温度は下がる一方だった。じっさい、気温は摂氏でヒト桁になっている。
つまり、とにかく寒かった。
とてもではないが、甲羅の上に座礁してほとんど横倒しのラペオン号から出るのは無理だった。傾いている船内でも、風が防がれているだけ有難かったが、どうしようもなく寒い。ルートヴァンが暖房の代わりに寒さを遮断する基礎魔法をかけ続けているが、効果範囲があまり大きくなく、異様に底冷えする。船の内装や床を引っぺがして燃やして暖をとっているが、燃やせば燃やすほど隙間風が入るという悪循環だった。
「いやああ~~、とんでもねえ旅だぜ……なんとかっちゅう島に着いても、寒くてどうにもならねえんじゃないのか?」
流石のフューヴァも、船員用の簡易食堂のような部屋の、いまや床となった壁の上で燃やされている小さな焚火に手を当て、震えている。防寒着をそろえて着こんだつもりだったが、厳冬期用でなくば耐えられない寒さだ。
ルートヴァンも、部屋を暖める等のいわゆる「生活魔法」とも呼べる分野の重要さを、この旅で再確認していた。
発火術はある。だが、火をつけるだけでは、どうにもならない。いま必要なのは「暖房の魔法」だったし、そんな都合のいい魔法は存在しないし、そんな「低俗な魔法」は、ヴァルンテーゼ魔法魔術学院で研究どころか口にするのもバカバカしいという空気だった。
だが、現場ではそういう「便利な魔法」こそが必要とされるのだ。
「島に着いたら、建物くらいあるだろうさ。人が住んでるみたいだからね」
「エッ、人が住んでるんですか!?」
フューヴァが、いまさら驚きに目を丸くする。
「らしいよ」
「なんで、知ってるんです?」
「スーちゃんが云ってた」
ストラが常時衛星軌道上に置いているテトラパウケナティス構造体分離方式で造った疑似監視衛星は、島を覆い隠している停滞強力低気圧が、台風の目のように時おりポッカリとド真ん中に穴が空くことがあるのを観測していた。まさに、穴の下に島があった。その隙に、島全体を既に光学探査済みだ。火山島であり、少なくとも、数千人の集落があった。
「とはいえ、いつごろ島に着くものか……」
珍しく、ルートヴァンも弱気だった。客室で焚火をしても通気が悪いので、比較的大きな部屋で火を使っているが、部屋が大きいのでまったく暖まらないのだった。
それなのに、不思議なことにプランタンタンとペートリューは、比較的この状況でも平気なのだ。
プランタンタンは元よりゲーデル山脈の高山地帯で暮らしており、寒さに強いのかもしれなかったが、ペートリューはどうしてそれほど寒くないのか不思議でたまらぬ。
「酒の飲みすぎで、感覚がマヒしてるんじゃないのかい?」
ルートヴァンがそう云って、目を細めてくしゃみをした。
あと、話題にも出さないが、ストラは毎日平気な顔で甲羅島のど真ん中に立ち、吹きさらしの中で腕を組み、遥か遠くを凝視している。
疑似偵察衛星の観測情報と、海上での広域三次元探査とを照合し、ゲベロ島に居座って動かない強力な低気圧を探っているのだ。
だが、規模が大きすぎて、いまだに魔力子の影響の全体像を把握しきれないでいた。
つまり、大規模魔術によりその低気圧が結界として作用しているのかどうか、確証が持てなかった。
(もし、この規模の気象兵器を魔力子効果で完全にコントロール化に置いているとしたら、これまでに接触、戦闘した魔王……レミンハウエル及びゴルダーイとは、比較にならないレベルの魔力子を保持、操作している)
もしかしたら、北海の魔王とやらは、タケマ=ミヅカ……大魔神に次ぐクラスの魔王なのかもしれなかった。
(戦闘法を変える必要があるかも……)
未だストラの総エネルギー量は小数点以下であるし、直接戦闘は分が悪い可能性がある。かと云って、間接空間戦闘を行うにも、どちらにせよエネルギーは必要だ。
(どこかに、恒星間航行宇宙船でも落ちてないかな……)




