第8章「うなばら」 6-15 棄てる
「造作も無いこと」
「北方では、我らですら完全に異民族だ。まして南方人など、物語に出てくるように扱われるだろう。それを上手く使え。ウルゲリア経由で帝都から来た、金の買付商人に化けよ。あそこはよく金が取れるという。毛織物でもいい」
「了解しました」
「我らとの連絡方法は、承知しているな」
「もちろんです」
「あとは、偽装の為にも、実務でも、護衛の戦士がいればなお良いのだが……途中で、適当に雇え」
「畏まりました」
「その戦士……おれを雇ってくれ」
そう云って横から声をかけたのは、ホーランコルだった。
ドゥレンコルら3人が、驚いてホーランコルを見つめた。
「ホーランコル……」
「すまん、部隊はいったん解散する」
その話を初めて聞くバーレンリとクロアルが、さらに驚いて絶句した。
ルートヴァンがホーランコルに向き直り、
「貴様であれば、実力的に申し分ないが……条件がある」
「分かっている。異次元魔王様に帰依する」
「ほう……」
「なんだって!!」
ルートヴァンが感心すると同時に、ドゥレンコル達が叫び声を上げた。
「ホーランコル、正気か! 御聖女様を裏切るのか!!」
そう叫んだのは、神官のクロアルや神官戦士のバーレンリではなく、むしろ、世俗信徒だが信仰に篤いドゥレンコルだった。
「裏切るのではない」
「なに……!」
「棄てるのだ」
「棄てる……だと……!!」
愕然と、大柄なドゥレンコルが固まりついた。
「ハハ……バカな……御聖女様を棄てるとか……何を云って……」
半笑いをうかべ、厳しい表情で立ちすくむバーレンリや、沈鬱な顔で目を伏せるクロアルを見やった。
「おい、あんたら、なんとか云ってやれよ……おい……おい!」
2人とも、沈黙を護る。
「おいい! あんたらが何も云わないんじゃ、シャレにならねえだろうが!!!!」
「時間も無い。僕が代わりに説明する」
右手の杖を甲羅の地面にカツンと打ちつけ、ルートヴァンが冷ややかに口元を歪めた。
外国人で異教徒のあんたに何が分かると云わんばかりの表情で、ドゥレンコルが目をむいてルートヴァンを睨みつけた。
「ウルゲリアの大神殿組織は、既に腐りきっていた。信仰心や能力ではなく、家柄で出世が決まる。完全な貴族的官僚組織だった。その2人は、それを嫌と云うほど味わい尽くし、苦水を飲みつくして、神殿組織を捨てて冒険者になったクチなのだろう?」
ルートヴァンが、顎でバーレンリとクロアルを指す。
「む……」
それは、ドゥレンコルも分かっているつもりだった。
「それが、関係あるのか!」
「いいか、大神殿は、もう無い。無くなった。王都もバレゲルの大森林も、滅んだ。きれいさっぱり、滅んだのだ。あの赤い空がその証拠だ。地方伯はこれを機に、ノラールセンテで新しい信仰を作り上げるそうだ。これまでの信仰とは異なる、な」
「なにっ……!」
ドゥレンコルが絶句し、クロアルは顔を上げてルートヴァンを見やった。
「殿下、地方伯様が、まことにそのような……!?」
「らしいぞ。詳しくは、地方伯に聴け」
バーレンリとクロアルの目に、光が戻る。互いに、うなずき合った。
「従って、ホーランコルがもう滅んだ信仰を棄てたところで、何の問題があるのだ?」
そう云って、ルートヴァンが深刻さの中にも決意を秘めた表情のホーランコルを見やった。
「いやっ……しかし……!」
ドゥレンコル、どうしても受け入れられぬ。
実際、信じる者が1人でもいれば、信仰は滅ばない。
「では、己だけでいつまでも過去に祈っておれ。他の者は、前に進むぞ」
ルートヴァンの言葉にホーランコルは目を細め、涙ぐんでドゥレンコルを見た。
「ガール……許してくれ。おれにとって、もはや御聖女はストラ様だ」
「メディ……!!」
互いに愛称で呼び合い、ドゥレンコルがガクガクと震えだす。
そして目をつむり、歯を食いしばって拳を握りしめ、怒りに耐えた。
が、やおら達観したような表情となって、フッと息を吐いてホーランコルに背を向けた。
「棄教者と話す言葉は無い。地獄でもどこでも、勝手に行け」




