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第8章「うなばら」 6-13 ランヴァール

 バ=ズー=ドロゥは拳や足先に魔力を凝縮させているが、身体には纏っておらず、その刃が肩甲骨の辺りに食いこんだ。


 かに見えたが、前のめりになると同時に後ろ蹴りを放っており、ルートヴァンが咄嗟に仰け反ったので魔力の刃は空を切った。そしてバ=ズー=ドロゥは、そのまま飛びこみ前転して間合いをとった。


 そこで、また大地がグラグラと揺れ、割れた岩盤が大きく地滑りを起こした。巨大な甲羅の上に乗る暑さ8メートルもの溶岩台地が崩れ、ガバガバと海に落ちる。


 キレットとネルベェーンの足場も豪快に崩壊し、2人は崖下のような甲羅めがけてジャンプした。常人が行えば自殺行為だが、初歩魔術の浮遊落下術により、なんとか着地する。驚くべきことに、それでもルートヴァンの対魔結界術が2人の足元から消えなかった。


 ほぼ横倒しに座礁していたラペオン号も、砂浜ごと岩盤が海にずり落ちたので、再び浮力を得て水平を取り戻した。浮遊能力のある魔法のベルトでなんとか綱を操り、船長やドゥレンコルを救出中だったホーランコル、その衝撃でマストに叩きつけられそうになり、あわてて避けた。


 岩盤が海中に落ち、大魔獣の全貌が船から見えた。


 まさに、超絶にデカイ海亀というほかはなかったが、この世界に海亀は生息しておらず、とにかく巨大な生きた島というしか表現方法が無い。


 「島が動くぞ!!」


 船長が叫び、船内に避難していて、脱出しようと甲板に上がっていた5人の船員もその光景を凝視した。ラペオン号で生き残っているのは船長、ホーランコル、ドゥレンコル、そして5人の船員の計8人だけだ。


 大魔獣ランヴァール、甲羅の下に折り畳んでいた巨大オールのような4対8基の脚を延ばし、ゆっくりと動かし始める。このヒレだけで、50メートル以上ある。全長約800メートル、足先まで含めると全幅約700メートルの大怪物……いや、これはもう大怪獣だ。


 ただ、ランヴァール、頭部が無い。巨大甲羅の胴体と8脚のみの魔獣だった。目が無く、口も無いので、ものを食べない。全身から、この世界に偏在する魔力を吸収して生きている。完全魔力依存生物だった。


 その怪獣のどこかに、ラペオン号のアンカーがひっかかった。


 舳先からロープが勢いよく伸び、最後にビーン! と張ると、強力に船を曳き始めた。


 ストラが去った後のプランタンタン達も、当然この大地の崩壊に巻きこまれている。


 「ひぇええ!!」


 すかさず、円盤がそれぞれ3人を掬い上げるように上に乗せ、甲羅まで下ろした。


 バーレンリとクロアルも、基礎呪文の1つである浮遊落下術を会得しており、溶岩台地から甲羅まで無事に降りることができた。


 「助かったぜ……!」


 フューヴァが、すっかり変わった景色を見やってつぶやいた。殺風景には違いないが、荒涼とした溶岩の地平は、黒々とした中にも生物的な巨大文様の続く広大な甲羅になっている。


 「いやはや、ストラの旦那のすることは、相変わらずハデでやんす」

 後生大事に銀のカップを両手で抱えたプランタンタンが、一息ついた。

 「で……これからどうなるんだ?」


 フューヴァが周囲を見渡すと、かなり離れた場所で対峙する、ルートヴァンとバ=ズー=ドロゥを見出した。


 (おのれ!! ランヴァールが動き出したぞ! こ、こんなはずでは……!!)

 バ=ズー=ドロゥが、奥歯をかむ。

 「こんなはずでは、という顔だな」

 ルートヴァンが、にやついた笑みを向けた。


 「だまれ! 小賢しい人間めが……!」

 「その小賢しさに、おまえは負けるのだ。魔族は、基本的にアホだからな……」

 「こぉの人間ふぜいぐぁ……!!」


 憤怒のあまり、バ=ズー=ドロゥが無意識にランヴァールのコントロールに使っている魔力を自身の戦闘に注入する。ランヴァールが本能のままに動き始め、速度を上げて海中に沈み始めたので、たちまち波が甲羅の上に押し寄せた。


 (クソが! このままでは、こいつ、勝手にゲベロ島に帰ってしまうぞ!!)

 バ=ズー=ドロゥは、あわてて再びコントロールを行う。


 そこへ、ルートヴァンが一気に攻め立てた。一足で間合いに入るやバ=ズー=ドロゥの顔面に鋭く回転するドリルのような魔力を発生させた杖先を突きつけ、バ=ズー=ドロゥが横にステップして避けるやそのまま側頭部に叩きつける。


 (避けるのを想定してやがる……!)


 衝撃によろめきつつ踏ん張って耐え、バ=ズー=ドロゥが杖を両手で掴んだ瞬間、それも待っていたとばかりにルートヴァン、両手持ちの杖を捻りあげた。バ=ズー=ドロゥは両手首を同時にキメられ、万歳のような姿勢となって無防備となる。

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