第8章「うなばら」 6-11 ヴィヒヴァルンの天才
答えは、一つだった。
(フ……いくら聖下がケタ違いの強さとは云え、この世界の理で動いていない以上、魔力は使えない……。つまり、この大魔獣を操る魔法の品は、聖下には使えないのだ……)
で、あれば、
(大魔獣を操る物品を使えるのは、僕だけだ……。僕をつぶせば、大魔獣はこいつの支配下のまま……と、いうわけだ)
ルートヴァンの顔が、殺意と怒りにゆがむ。
「舐められたものだな!! 魔王ならいざ知らず、魔王の手下が、僕を倒せると本気で思っているとはな!! 貴様、ただでさえこの大魔獣を支配するのに、己が魔力の大部分を使っているくせに!!」
そこで、初めてバ=ズー=ドロゥが口をきいた。
「知れたこと……お前など、それで充分よ」
キレすぎて、ルートヴァンが爽やかな笑顔となった。
「……やれるものなら……!!」
ルートヴァン、一転した憤怒の形相のまま固まった。もう、バ=ズー=ドロゥの沈みこんだ強烈なボディブローが、ルートヴァンに炸裂している。
「……誰が、お前と魔法合戦をすると云った?」
格闘魔法だ。
しかも、魔族は魔力を直接扱える。
人間やエルフ、他の亜人種のように、術式を通して魔力から効果や威力を変換する必要が無い。
従って、正確には「魔法」や「魔術」ではない。
「能力」だ。
魔力を、生体能力として使えるのだ。
威力も然る事ながら、速さがケタ違いである。
呪文をムニャムニャ唱える必要がないのだから。
今の攻撃も、ほんの少しの魔力を速度アップや筋力上昇に使用し、また拳に集中して攻撃力を数十倍にも数百倍にもする。
我々の空想的概念で云う「気」に近いだろう。
いかにバ=ズー=ドロゥがその魔力の大部分を大魔獣の支配に使用していようとも、人間など一撃でグシャグシャにできるのである。
だが……。
「う……!」
ニヤついていたバ=ズー=ドロゥの顔が、驚愕に凍りついた。
逆に、ルートヴァンは不敵な笑みだ。
モップの柄のような白木の杖を手槍のように持ち、後ろに下がりながら真半身(90°)に身体を開いて、腕を伸ばしながら下段に構えた杖でバ=ズー=ドロゥの下段突きを真横からいなすように受けていた。
ただの木の杖で、魔力のこもった魔族の攻撃を受けることができるわけがない。
ルートヴァンほどの超高位魔術師ともなると、魔族とほぼ同等のレベルで、魔力を直接行使できる。そういう術を、ヴィヒヴァルン流の魔術で編み出している。そしてルートヴァンは、それを極めている。
また魔力の強さも、秘儀・合魔魂により赤色シンバルベリルと一体化した父王太子より魔王に匹敵する魔力供給がある。そしてルートヴァンは、この若さの人の身でありながら魔王級の魔力を扱えるレベルに達している。天才である。
さらに、だ。
いかに格闘魔法で肉体を強化しようとも、格闘術の素人では限界がある。
ルートヴァンは、ヴィヒヴァルン流魔術の他、ヴィヒヴァルンの魔法騎士団に伝わるアーレグ流の杖棒術を極めていた。
いま、ルートヴァンの肉体を通して白木の杖に膨大な魔力が注がれ、バ=ズー=ドロゥの一撃を受けたのだ。
間髪入れず、ルートヴァンは身体を真半身から正面に戻すと同時にパッと杖を持ち替えて右の高八相ぎみに構え、滑り落とすようにしてバ=ズー=ドロゥの脳天を打ちつけた。
身を低くしていたバ=ズー=ドロゥは顔面から岩場に落ち、岩を砕いて頭が溶岩大地にめりこんだ。
「…!!」
とたん、両手で地面を押さえながら逆立ちめいて両足を持ち上げ、そのまま頭で岩を砕きながら回転、両足を開いて振り回し、カポエイラのようにルートヴァンへ連続回転蹴りをお見舞いした。
ルートヴァンは一発目の蹴りを一歩下がって避けるや、二発目の蹴りに杖を合わせた。ただ叩きつけるのではなく、下から足に沿って掬い上げるようにして回転の威力を殺す。回転運動を、横から上に逃がした。
バ=ズー=ドロゥは何の衝撃も無く回転が止まったので、小さく息を飲んだ。
とたん、ルートヴァンが杖を膝の間接にからめてねじり、思い切り投げ飛ばした。




