第8章「うなばら」 6-9 攻防のラペオン号
「で、こいつで、どうやって大魔獣とやらを操るんだ?」
フューヴァに云われ、ペートリュー、
「さ、さあ……」
風に髪を押さえながら、半笑いで水筒を傾ける。
お前に聴いたアタシがバカだったという表情になり、フューヴァがストラを見た。
ストラ、吹き付ける風に鋼色の短髪をなびかせて、半眼無表情のまま、
「よくわかんない」
さて、留守を預かるラペオン号では、襲来した魔物と激しい攻防戦を繰り広げていた。
既に、ラペオン号を囲うようにルートヴァンが対魔防御結界を施し、ネルーゴフン司祭も強力な対魔防御神聖魔術を行使していたので、船は二重防護に護られていた。
形状不明瞭の名状しがたい大小の真っ黒な溶岩台地と同じ色の魔獣が20程と、それに付随するいわゆる雑魚魔物が多数群がり、結界につっこんでは反発して跳ね返され、やがて周囲を飛び回って散発的に攻撃を繰り返しはじめた。
これは、ストラ流に云うと結界表面空間を魔力子の一定文様パターンが常に流れており、それが魔獣の体組織に蓄積された魔力子と反応し、磁力が反発するように弾いているのである。魔力の蓄積濃度が高ければ高いほど、強力に反発する。同様の原理で、魔族に匹敵するような超高レベル魔術師や術も弾き返すことができる。
従って、魔物や魔族に比べて格段に魔力の低い人間やエルフにはあまり効果が無い。また、非魔法的な物理攻撃も素通りだ。魔法の武器には効果がある。また内側からも素通りなので、船からの攻撃もできる。
ただ、これは無敵のバリアではない。
結界を構成する魔力量や、そもそもの反発限界を超えた超魔力をぶつけられれば、結界は当然、破られる。
20匹の中で最も巨大な個体は、カラスの翼、竜の翼、(フィーデ山でレミンハウエルが生み出した魔物ガドナンのような)生体ジェットを吹き出す甲虫類の前羽のような堅い翼の3種6枚の羽をもち、身体は海サソリと海鳥と竜を合体させたようなバケモノで、全長が10メートルはあった。
それが何度もラペオン号の真上から逆落としに突撃し、結界にへばりついては叩き割り、喰い破ろうとした。衝突するたびに大きく船が揺れ、また凄まじい音がするので、船員達は恐怖に凍りついてただ頭上の魔獣を見上げるだけだった。
「ホーランコル! こら、いつ破られてもおかしくないぞ!!」
「既に……小さい傷はついている!」
云うが、いつの間に侵入してきたものか、甲板の上で船員を襲おうとしていたイソギンチャクとワレカラを合わせたような人間ほどもある魔獣めがけ、ホーランコルが剣を叩きつけた。
半透明の美しい黒色の甲殻をもつ細身の魔獣は、一撃で叩き切られて真っ二つとなり、甲板に転がった。そのまま生きていたが、アーベンゲル神官が対魔攻撃術をかけ、煤のようになって崩れた。
「流石です、アーベンゲル神官!」
年下のアーベンゲルに気のあるネルーゴフン司祭が、相貌を綻ばせてその腕をとった。
「時を場所をわきまえろよ、発情した雌猫が……!」
ホーランコルに聴こえぬよう、カバレンコフンが吐き捨てた。
が、ネルーゴフンが聴いていた。
というより、ネルーゴフンのすぐ後ろでつぶやいたのだ。
奥歯を砕かんばかりの鬼みたいな形相でネルーゴフンが振り返り、カバレンコフンを睨みつける。
が、アーベンゲルがすぐ側にいる。ニヤッとしたカバレンコフンが、アーベンゲルにネルーゴフン司祭の顔を見せてやろうと声をかける前に、いつもの冷静さを装い、前を向いた。
(どっちが、年がら年中発情しやがってんだ!! バレゲル派が!! 絶対に絶対に絶対に殺してやる!!)
抜き差しならぬ憎悪に心を燃やし、ネルーゴフンが怒りに震えた。
その時、島が大きく揺れた。
海上のラペオン号は、直接は揺れなかったが、揺れによって生じた波が小さな入り江に押し寄せ、船を直撃した。ただでさえ水深ギリギリに錨を下ろしていたため、横波を食らった船は砂地に乗り上げて、陸側に大きく傾いた。甲板上の船員やホーランコル達が、いっせいにバランスを崩して倒れた。あわてて周辺のロープや物品につかまって、転がるのを防ぐ。
そこに、さらに揺れが襲った。
揺れと云っても、島は浮島だ。
細かい揺れと同時に、ぐぅん……と島全体が隆起するように大きく動いたので、ラペオン号は下から突き上げられて完全に座礁し、今度は転覆せんばかりの角度で海側に傾いた。
「…うぉおおッ!!」
「わあっ……!!」
激しく左右に揺れる船に、不意を突かれた甲板上の人々が次々に投げ出され、海に落ちる。




