第8章「うなばら」 6-4 魔毒
が、この2人も、並の魔術師ではない。
ストラやルートヴァンの側にいるので、相対的に低く見えてしまうだけである。
キレットは大型のゴカイとカニと良く分からぬ魚を混ぜたような魔獣を、ネルベェーンは上空を行き来する数メートルはある空飛ぶタコという冗談のような魔獣をそれぞれ一発で操ることに成功し、同士討ちをさせている。
3人を取り巻く魔獣が、見る間にその数を減らしていった。
だが、真に恐ろしい魔物どもは、既に3人の足元に迫っていた。
最初に攻撃を受けたのは、キレットだ。
いきなり視界の上下がひっくり返り、岩肌に倒れ伏すや嘔吐し、息も止まった。
めまいというレベルではない。
毒だ。
まぎれも無くこれは、毒だった。
しかも、
(ま……魔力が……!!)
体内の魔力が暴走している。
まったくコントロールできぬ。
ただの毒ではない。
魔物の毒……魔毒である。
「キレット!!」
そう叫んだネルベェーンも、同じ症状にガックリと膝をついた。
しかし、キレットより症状が幾分か軽かった。
魔術師ローブをたくし上げ、パンツの右裾もまくると、脛にビッシリと何かがへばりついている。
染みかと思ったが、魔物の群れだった。
テントウムシの半分ほどのサイズの、甲殻類と貝類が混じったような、極小サイズの魔物だ。
こいつが猛毒を注入したのだ。
「ク……!!」
キレットを見ると、もう意識が無い。しかも、首から顔の半分ほどまで、ビッシリと貼りついている。きっと半身を覆っているのだろう。
「おのれ!!」
ネルベェーン、あわててこの群に対し操作魔術をかけたが、毒により効果は薄かった。
その攻撃は、当然ルートヴァンにも行われていた。
ルートヴァンが粉微塵にした魔物の塵芥にまじり、さらに小さい羽虫のような魔物の群れが、吹きつける風をものともせずルートヴァンにまとわりついた。このまま肌を刺し、また呼吸器に入りこんで体内より侵すのだ。目を攻撃するのも、効果的だろう。
「小賢し……!」
ルートヴァン、白木の杖の先をゴツゴツした溶岩大地に打ちつける。
半径3mほどの、いわゆる魔法陣結界が足元に展開した。複雑な呪文と、数字がびっしりと文様として刻まれている、魔法陣にして魔方陣。
初歩的かつ非常に強力な、多重式対魔結界術だった。
虫サイズの魔物など、一撃で蒸発した。
「でっ、殿下!! かたじけなく……!」
ネルベェーンが驚きと共にルートヴァンの背中を見て、感謝を捧げる。その魔法陣に、 2人も入っているのだ。
「たわけ! 礼など、こ奴らを皆殺しにしてから云え!」
「ハハァ!」
ネルベェーンが立ち上がり、支配より逃れかけていた空中ダコの魔物の他、キレットが支配していた大型の魔獣をもダブル支配し、同士討ちを再開させた。
それをチラッと見やりつつ、ルートヴァンがキレットへ毒消しと体力回復の魔法をかけた。この時点で、ゴーレム、対魔効果乗せ分解魔法の同時使用、対魔結界術、毒消しに回復と、1人で6種類の術を駆使していることになる。世界中のあらゆる魔術師を見渡しても、これは最高クラスだ。しかも、術式実験でのルートヴァンの最高記録は、一度に9種類である。これは、非公式ながら世界一であった。
ものの15分ほどで、40匹ほどの大型魔獣と、虫サイズの極小魔獣群、さらに攻撃する機を伺っていたがその前に蒸発したネズミのような大きさの小型魔獣数十匹が、まさに「全滅」した。1匹残らず、消え失せたのだ。
最後にネルベェーンが操っていた2匹を破砕、分解し、ルートヴァンが余裕の表情で周囲を確認した。
「フ……聖下の御手を煩わせることも無い……この程度の魔獣の群れではな」
キレットがようやく意識を取り戻し、ネルベェーンが助け起こして、南方大陸の秘薬を飲ませていた。
その2人が立ち上がった途端、
「では、私が直接に相手をしようではないか」
背筋に冷たい海水をぶっかけられたような感覚がし、立ったばかりのキレットがよろめいた。




