第8章「うなばら」 6-1 浮島
ルートヴァンが小鼻で笑い、
「さっさとせよ」
冷たく、云い放つ。
「ハ……ハハッ!!」
ダン、と甲板を踏みつけて気合を入れ、ホーランコル、
「うおおおおおおお!!!!」
剣を思い切り振り上げると逆手に持ち替え、凍りついた魔獣めがけて突きたてた。
さらに、柄頭に左手も当て、全体重をかけて深く突き刺す。
魔獣は完全に凍結し、ただでさえ硬質な体表はさらにガチガチだったが、剣はまるでバターにでも突き刺さるように食いこんだ。
そして、剣に蓄えられた対魔効果+150にも及ぶ神聖魔力が魔獣に注入され、化学反応を起こしたかのように炸裂する。光と白煙を伴って魔獣の全身にヒビが入り、真っ黒い溶岩のような体表が灰色に変色して、石の山となって甲板の上に崩れた。
「邪魔だ。片づけよ」
ルートヴァンが云い放ち、勝利にわく間もなく、船員たちがその石と土砂の山と化した魔獣の死骸を、シャベル等を使い手作業で海へ捨て始めた。
「御苦労様」
高周波振動で海水成分を全て飛ばしたストラが、何事も無かったように甲板に立っていた。
真っ先にその前で片膝をついたルートヴァン、
「ハハ!! 恐悦至極……聖下におかれましても、海中の25匹にも及ぶ魔獣の群れを、いとも容易く駆逐せしめられ……!」
あわてて、キレットとネルベェーンもルートヴァンの後ろに控え、片膝をついた。
ホーランコルや船長たちは、そんな3人とストラを見やって、なんとも云えぬ顔つきとなった。ルートヴァンだけでも、魔法といい、指導力といい、ついでにその尊大さといい、この世にこんな凄い人がいるのかという想いだった。そのルートヴァンがひれ伏す相手が、何を考えているのかよく分からないぼんやりした若い女性というのが未だに現実感が無いし、しかもその若い女性がよりにもよって「魔王」とは……。
ホーランコルは、ストラを見つめ続けていると、生まれたころから魂の底まで縛られていた「御聖女への信仰」というのものが根底から崩れるような感覚に襲われ、恐怖であると同時に何か名状し難い期待をしていることに気づき始めていた。
6
魔獣の群れの迎撃を退け、ラペオン号が速度を上げる。
めざす、名も無き小島は相変わらず移動していたが、最高速度で一直線に進むと流石に近づいてきた。
昼過ぎになり、海上も雲が晴れ、青空が広がってくる。
風は冷たいが、日射しが強かった。
「……目標が、移動を停止しました。また、その構造が判明。巨大な浮島です」
いきなり、ストラがそう云い放った。広域三次元探査の妨害が無くなったのだ。無くなった理由は、不明だった。
「浮島ですって!?」
航海士がと船長が、望遠鏡を片目に当てる。
「風で動いていたのか!?」
「フ……ばかな。あの愚かな魔族が、魔術で動かしていたのだろう。……いや、あの島自体が、魔術の産物であるのだろうよ。大魔獣を包み隠す、な」
そこに上陸するのかよ……!!
ホーランコルも含めて、船長たちが改めて100倍の報酬の重大さを認識する。
「だけど、浮島なら、どこに錨を下ろす?」
船長が航海士に尋ねる。これは、船長たちに任せるしかない。
「縄を一杯に伸ばして、岩礁かどこかにひっかけるしかないのでは」
「島にか……」
そうしてラペオン号を固定し、短艇で上陸するのである。
ルートヴァンが船長の指示通りに風を操作し、小島をぐるっと一周すると、なんと島の反対側に小さな入り江があった。また、砂浜もあるではないか。
「島で唯一の浜だ」
「あそこに、つけそうです」
航海士の言葉に、船長、
「よおし、浜に停泊する! ルーテルの旦那あ!」
「まかせろ」
ルートヴァンが、慎重に風を操った。
ストラも、島全体の三次元探査を終了していた。
(全長最大1727m、全幅783m、最大高度海抜8m、海中は海面下最大23m、テーブル状の溶岩大地に酷似……植生ゼロ、ただし魔力子依存植物状生命体……魔樹……いや、魔草とでもいうべきものが多数棲息している……1m以上の大型魔獣は、現時点では確認できず。バ=ズー=ドロゥなる魔族も消息不明。なんらかの魔力子効果により、三次元探査を逃れていると推測。やはり、我々の上陸を待ち構えているか……)




