第1章「めざめ」 7-2 巨大な火柱
代官所では、武装した代官を筆頭に兵士が集まり、訓示を聴いていた。
「領主バーデルホーン・アラン・リーストーン二世は、我が国の産物を独占し、私欲を極めている! それを長年にわたり憂いていたゲーデル大エルフ酋長グラルンシャーン殿と共に立ち上がり、私が領主となって、卸制度を廃し、皆が自由にゲーデル山羊の品々を商えるようにする!」
兵士たちは雄たけびを上げ、剣や槍を打ちあって音を立てた。
「シンバルベリルをこれに!」
ホ-デルを中心に、三人の若い魔法使いが人を割って現れた。
ホーデルが緊張の面持ちで、その両手に箱を持っている。箱は蓋が開けられ、綿の入った敷布の上に水晶玉のように半透明な空色の球体が収まっていた。
「グラルンシャーン殿より頂いた、シンバルベリルだ! 数百人分の魔力が蓄えられている! これを使えば、敵兵の百や二百……物の数ではない!」
「ウォ……!」
雄たけびを上げようとして、兵士たちが緊張で喉を詰まらせた。異様な空気だけが、ザワザワと伝染する。
それは、箱を持つホーデルも同じだった。
かつて、ランゼに教わった事が脳裏によみがえる。
特別な魔法的加工により魔力を凝縮して蓄え、自在に引き出せる結晶であるシンバルベリルは、貯えられた魔力量によって色が変わる。最高なのが黒、それも漆黒であればあるほど、恐るべき魔力がこめられている。それから、薄い黒、赤黒、臙脂、暗い赤、赤となり、オレンジから黄色を経て、藍色に変じ、やがて薄い青に変わってゆく。カラッポは、無色透明である。緑や灰色、紫などは報告されていないが、魔力が特殊な状態で備蓄されることで、存在はするらしい。
いま、箱にあるのは晴天のような薄い青で、これで数百人分の魔力だという。
「私であれば、完璧に制御できる。火炎や雷、熱線の攻撃魔法……その威力を、数倍から数十倍にするぞ。もちろん、防御の楯や眠りなどの、他の魔法もそうだ。ただし、お前たちでは、危険が伴う。あまり、一気に開放するな。暴走する恐れがある。また、床に落とすくらいでは何ともないが、強い衝撃も禁忌だ。強力な魔法の武器で打たれる、魔法の直撃を受けるなどは、絶対に避けるように」
ランゼの言葉がまざまざと蘇り、ホーデルの手が細かく震えた。
(呼称名『シンバルベリル』……未知結晶体が未知法則による空間反転効果により三次元物理法則を超えて次元の内側に凝縮された『魔力』……魔力子を大量に保存、備蓄している……仮テトラパウケナティス構造体に酷似……この世界で、もし私に匹敵する兵器が存在するのであれば……当該結晶体……シンバルベリルを利用したものである可能性が高い……)
代官所の広間で、光学迷彩効果に包まれたストラが、天井近くに浮いて見下ろしている。
(危険。強制排除)
ストラがちょいと右手の人差し指を向けるや、眼に見えない指向性の高エネルギー波が飛んで、球体を直撃した。
バシ!
シンバルベリルに、巨大なヒビが走った。
「え?」
「ななっな、なんでやんす!?」
何十本もの落雷があったような轟音と閃光と共に、タッソより巨大な火柱が上がった。タッソ目前の街道筋でいったん休止し、陣容を整えていたダンテナ軍が驚きと衝撃に打ち震え、呆然とその火柱を凝視した。すぐさま森の木々が一瞬遅れてきた衝撃波に薙ぎ倒されて、プランタンタン達を含めたダンテナ兵も爆風に吹っ飛ばされて坂道を転がった。
「……何事だ!!」
部隊長が叫んだが、誰も分かろうはずがない。
やがて、天から焼け焦げ……あるいはまだ火に包まれている建物の残骸や、人間や家畜の一部と思われる肉片が落ちてきた。
「こ、これは……!」
「隊長、急ぎましょう!」
云ってはみたものの、なんとか兵を整えて向かった先はまさに町中が火の海、猛烈な熱波と煙により、とても近づけたものではなかった。
「…………」
ベンダとアルランは、抜魂したように愕然として、燃え盛るタッソをただみつめていた。
「たたた、大変でやんす……!」
プランタンタンがおろおろして、
「こんなんじゃ、御金様をもらえねえでやんす……ペートリューさん、どうしやしょう」
一方、ペートリューは頭を抱え、眼も虚ろで譫言を繰り返していた。
「……んだ、ストラさんが……きっとストラさんが……シンバルベリルを壊したんだ……ストラ……」
「声が大きいでやんす!」




