第8章「うなばら」 5-5 之字運動
「殺してやる……犬みたいに殺してやるぞ……雌犬が……!」
もっとも、それはカバレンコフンも同じだった。
「あの聖騎士のなり損ないの堅物女が!!」
棚から蒸留酒の瓶を出し、泣きながらラッパ飲みした。
「もう、堪忍袋の緒が切れた!! どうしてくれよう……!!」
ネルーゴフンが、若い神官のアーベンゲルに気があるのは気づいている。アーベンゲルを寝盗ってやろうとも思ったが、ホーランコルにそれを知られても本末転倒だ。
また、実家の力を借りても、王都派の教区で王都派司祭を排除するのは流石に難しい。同じバレゲル派なら、造作も無いことだが。
「手っ取り早く、寝首を掻くか……いや……」
船内で事件があっても、逆に不審がられる。いっそ、
「これから行く魔物の島で……死んでもらうか……!!」
酒を煽りながら涙をぬぐい、不気味な笑いを浮かべる。直接戦闘なら、ネルーゴフンなど敵ではない。暗殺だ。
「フフ……フフフ……!」
もちろん、2人が拠り所にしている王都派もバレゲル派も、大神殿ごと既にこの世には無い。まして、実家の家族すらも、ストラとゴルダーイの戦闘や、その後の超絶高濃度魔力の洪水に呑まれて、もういないのである。
「…………」
その様子を、広域三次元探査で、ストラは全て把握していた。
が、それこそ、どうでもよかった。
「では、ルーテルの旦那の描いたこの島ですが……当船は、この砂浜近くに錨を下ろしますので、小舟で移っていただきやす」
船長が、ルーテルの絵図を指で示しながら、確認した。
「分かった。だが、既に迎撃の魔獣が向かってきていると考えていい。今度は、私も聖下も本気を出すからな。操船は任せる。振り落とされるなよ」
ルートヴァンの言葉に、船長がうなずく。
「いつ、島に着くんだ?」
ホーランコルの質問に、航海士、
「こんな速度は私も経験が無いので、正確なことは云えませんが……おそらく、明日の未明には到達するかと」
「我々の高速接近を感知し、目標小島が移動を開始しています」
「!?」
いきなりのストラの言葉に、全員が度肝を抜かれた。
「え……移動ですか? 移動!? 島が、動いてると!?」
航海士が、素っ頓狂な声を発した。
「はい。ただし、詳細な方法は不明。私の探知が、魔法で妨害されています」
「ほう……聖下の探知魔術を妨害するとは……田舎魔族にしてはやりますな」
ルートヴァンが、不敵な顔でうそぶいた。
「なお、当船の巡航速度に追いつける魔物は存在しない模様。従って、前方で複数の大型の魔物が伏撃を試みるつもりのようです。之字運動に航路変更を推奨」
之字運動とは、主に潜水艦対策のジグザグ航法のことである。
が、この世界のこの時代には、存在しない。
「のじ……!?」
ストラ以外が、ぽかんとした。
「こう、動いてください。こう……」
ストラが指で、之字……Zを描く。
「ルーテルさん、風を操作してください。ただし、急激な方向転換は船体に損傷を。大きく、ゆるやかに変えてください。船長と航海士は、操船を。目標は、北西に移動中。之字で回りこみながら接近を」
一同が呆気にとられつつも、船長、
「りょ……了解! 急げ、進路変更だ! ルーテルの旦那!」
「よし来た!」
4人が急いで甲板に出たのを、半眼のストラが見送った。
大きく船が傾き、船室のプランタンタン達や、ネルーゴフン達も驚く。
「な、なんでやんす、またぞろ揺れに具合が悪くなったら、御宝様が探せねえでやんす!」
プランタンタンが表情を曇らせたが、
「……大丈夫だ、ホラ、またまっすぐになったぜ」
「きょ、今日は波が小さいようですから、大丈夫ですよ……きっと」
そういうペートリュー、腰にぶら下げている何本もの水筒を片端から空けている。
「いまから飲みすぎんなよ! 魔物の島に、酒なんかねえんだぞ!?」
「わ、わかってますぅ……」
そう云うが、水筒を傾ける手が止まらない。




