第8章「うなばら」 5-4 表面化
「ああ、じゃないんだよ雌犬! 男に愛想ふりまきやがって……仕事の邪魔なんだよ!」
「じゃ、あんたが出てけばいいだろ、あたしは役に立ってるよ」
「バレゲル派が出る幕じゃないって云ってるんだ! ここは、王都派の教区だぞ!!」
「関係あるか、バカ! 別に布教のジャマしてるわけじゃあないだろ!」
「立場をわきまえろと云ってるんだ!!」
ネルーゴフンより少し背の高いカバレンコフン、その歪んだ顔を見下ろし、肩をすくめて口元を曲げ、
「フン……嫉妬はみっともないよ、司祭様」
ネルーゴフンが目を吊り上げて息を飲み、
「誰が嫉妬してるんだ、この女ア!!」
思わずカバレンコフンに掴みかかったが、力ではかなわぬ。手首を捻りあげられ、無意識で神聖魔法を発動させた。
バツッ! と電撃がはじけ、カバレンコフンが悲鳴を上げて手を離し、その手を押さえながら涙目でネルーゴフンを睨みつけた。
「……やったな、こいつ……!!」
「やったから、何だというんだ、ええ!?」
「仲間を攻撃する奴が、のうのうと隊にいられるわけがない……! ホーランコルに云いつけて、追放してやるから……!」
「やれるものならやってみな!!」
「開き直りやがって、この!」
「お前こそ……!」
「おい、待て、なにやってんだ!」
プランタンタン達と打ち合わせを終えた神官戦士のバーレンリとクロアル神官が、ちょうど階段を降りてきて、2人の間に入り仲裁した。
「やめろ、カバレンコフン!」
「司祭も、落ち着いてください!」
ネルーゴフンをクロアルが、カバレンコフンをバーレンリが抑え、引き離した。
「これが落ち着いていられるか!! あんたたちも、いつからバレゲル派に寝返ったんだ!?」
ネルーゴフンが、そう泣き叫んだ。
「寝返ってなんかいませんよ!」
クロアルが、心外そうに云い返す。
「じゃあ、なんでこの女がデカイカオしてホーランコル隊にいられるのさ!?」
「それは……」
当のホーランコルが、それを認めているからに他ならない。
「ホーランコルは、世俗とはいえ、篤い王都派だったのに……!」
「隊長は、いまでも王都派ですってば」
「じゃあ、どうして……!!」
「実力主義なだけだ、司祭、他意は無いよ」
バーレンリにそう云われ、ネルーゴフンがまた昂奮する。
「私の立場を蔑ろにするほど、この女に実力があるって云うのか!?」
「フッ、あんた程度の司祭の代わりなんか、いくらでもいるからね!」
「なにを……!!」
「止めろ、止ーめーろ!! おい、止めないか!! これから、魔物の巣に上陸するんだぞ!! 2人がそんなんじゃ、勝てるものも勝てないだろうが!!」
「2人とも、部屋に入って! 頭を冷やしてください!! ホーランコルを呼びますよ!!」
涙目で掴みかかったのを引き離されたが、こんなところをホーランコルに見られたくないのは2人とも同じだったので、そのまま鼻息も荒く、ほぼ同時に部屋に入った。
「やれやれだ……」
バーレンリとクロアルが、息をつく。2人の仲が悪いのは薄々気づいていたが、こんな時に表面化するとは。カバレンコフンと同じ職種のバーレンリ、そして司祭であるネルーゴフンの補佐である神官のクロアルは、なんとか2人の距離を調整して仕事に影響の出ないようにする必要があった。が、タイミングの悪いことに、バーレンリとクロアルはプランタンタン達と共に魔獣の巣である小島に上陸後は別行動だ。
「どうする、おい……」
ため息交じりに、バーレンリがつぶやいた。
「後で、ホーランコルに相談しましょう」
ホーランコルの打ち合わせが終わったのち、報告することとした。
一方、それぞれの部屋に入ったネルーゴフンとカバレンコフン、2人とも収まらぬ。
「チッ……クショウ! あの場違いのバレゲル派め!」
ネルーゴフンは、あまりの悔しさに、涙と手の震えが止まらなかった。
そして、ある決意をした。
「御聖女様……お赦し下さい……!! あのバレゲル派の雌犬が、全て悪いのです……!!」
すなわち、今回の厳しい魔物退治にかこつけて、後ろから補佐をするフリをしてカバレンコフンを亡き者にしようというのである……!




