第8章「うなばら」 5-1 68,000トンプ
5
3日後。
船長のほうから、ホーランコルを従え、ストラを尋ねてホテルに来た。
「けっきょく、船員は半分ほどしか集まらなかった。もう、早々にこの街を出てったヤツもいるし、100倍でも応じなかったヤツもいる。そらそうだよ、魔物の巣に突っこむってんだからなな……。で、このホーランコルを含む7人が、護衛がてら操船の手伝いをする。そのぶん、給金を上乗せする。で、なんだかんだで……68,000トンプなんだが……本当に、その……」
船長、最後は言葉が濁る。無理も無い。数年分……いや、10年分にも20年分にも匹敵する稼ぎだ。我々の、宝くじレベルである。
「御安い御用でやんす」
既にストラに頼み、ウルゲリア金貨1,000枚、10万トンプを用意していたプランタンタン、無造作に100枚束金貨幣棒6本と、80枚を差し出す。
「スゲエ……!」
船長だけではなく、ホテルの女将や親父も、目が金色になった。ホーランコルは感心しきって、ストラを凝視した。
「さ、さっそく、船会社の貸金庫に預けるよ! みんな魂消るぜ! これを持って帰る護衛に、ホーランコルに来てもらったんだ!」
船長、こぼれ落ちそうな笑顔で、頑丈な革の鞄に金貨を詰める。
「重てえ! こんな重てえカネは、持ったことがねえぜ!」
だが、嬉しそうだ。
海賊の宝でも見つけた気分だろう。
「さっそく船も補修する! 魔術師さんが風を吹かせてくれるってんなら、少しばかり重くなったってかまやしねえ、鉄張りで補強するぜ!」
「頼むでやんす、いくら旦那方が魔物を退治しながら進むったって、船に穴が空いたんじゃ、どうしようもねえでやんす」
「まかせておけよ!」
「で、船の補修とやらは、何日かかるんだね? こっちは、できれば今日の午後にも出発したいくらいなんだが」
これは、ルートヴァンだ。
「へえ、もう、乾ドックに入れてあるんでさ! もう3日下さいよ! 装甲船みてえにしてみせまっせ!」
そう残し、意気揚々と船長は戻って行った。
「生半可な装甲じゃ、意味はないと思うが……ま、好きにさせてやろう。連中の安心度が違うだろうしな」
ルートヴァンが、鼻で笑いながらそう云った。
そして、さらに3日後……。朝方。
ラペオン号はまずまずそれっぽい姿となって、港に浮かんでいた。船体を覆う装甲の他、魔術により常に一定方向から強風が吹きつけるため、マストや舵、キール等も補強されている。
そして、なんと港にノラールセンテ地方伯が現れた。
「これはこれは伯爵、見送りとは殊勝だな」
2人の将軍や衛兵を引き連れた地方伯の眼には、生気が戻っていた。
「それはそうですよ、殿下。航路が復活するかどうかは、皆様の御活躍にかかってるんですから……」
「だったら、船の修理費くらい、出資してくれてもよさそうなものだがね」
「あらかじめ、おっしゃって頂ければ……」
地方伯が困惑して、眉をひそめた。
「冗談だよ」
そして、ルートヴァンが地方伯をストラへ引き会わせた。ストラは岸壁に突っ立ったまま、腕を組んで洋上を見つめていたが、
「聖下、伯爵が見送りに来られましたぞ」
「うん」
その無機質な半眼を、地方伯へ向けた。
地方伯はストラがこの無表情で恐ろしい魔族を難なく撃退したのを思い出し、背筋が震えた。
「ま……魔王様、何卒、航路に巣食う魔物どもを一掃して頂けますよう、伏して御願い申し上げます」
地方伯が胸に右手を当てて左足を引き、国王へするような礼をしてそう云ったので、周囲の者や、近くにいた船長やホーランコルが度肝を抜かれて固まった。ついでに、2人の将軍も最敬礼だ。
「うん」
ストラはぶっきらぼうにそう云うや、再び洋上に視線を戻した。
「ま、心配はいらんよ、伯爵。聖魔王……御聖女ですら倒した御方だ」
ルートヴァンが、地方伯の耳元でささやいた。
地方伯は心臓が握りつぶされたような感覚に陥ったが、深呼吸をし、
「はい。ですが、ノラールまであの赤い空に覆われるのではたまりません」
「まかせておけ。この戦いでは、そうはならん。相手が小物過ぎる」




