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第8章「うなばら」 4-3 船を買う

 彼らヴィヒヴァルンの魔術師にとって、魔法・魔術とは古くより「魔力という世界の法則を解き明かす英知」とか「森羅万象の秘密を探る手法」とか「そのための法則を利用して世を動かす偉大なる知恵と知識」とか、そういう類のもので、とにかく意識が高く主語がデカい。けして、


 「生活を便利にするため」

 のものではない・・・・のだ。


 だから、魔力を利用した産業革命とかは、起きようがない。根本から、そういう発想が無いからだ。


 例えば、ストラたちをヴィヒヴァルンの王宮に迎えたあの「魔法の乗り物」など、あれを応用すれば大量高速輸送が可能であり容易に物流革命を起こせるのに、あれはあくまで「ヴィヒヴァルンの魔法力を見せつけるためのもの」「権威の象徴」であって、それ以外の何物でもないのである。


 だが、フューヴァたちのような庶民にとっては、この世の法則など知ったことではない。せっかく魔法という不思議な現象を操る技術があるのに、船も動かせないなど、呆れてものも云えないレベルだ。


 ルートヴァンは恐らく初めて、ヴィヒヴァルンの高級魔術師として、そういった発想を理解しつつあるのだった。


 とはいえ、だからと云ってすぐに船を自由に操縦する魔法が生まれるわけもない。

 「う、うん……まあ、そうだね。頼むよ、なんとか、さ……」

 言葉を濁すようにルートヴァンが片眼をつむって懇願し、フューヴァは舌を打った。


 「ルーテルさんがそこまで云うんなら、仕方ねえ。行こうぜ、プランタンタン」

 フューヴァが席を立ち、プランタンタンと一応ペートリューも続いた。

 


 「買えって云われても、相場が分かんねえでやんす」


 薄曇りの侘びしい波止場をヒョコヒョコと歩きながら、プランタンタンがつぶやいた。


 「捨て値だろ? どうせ」


 「船は捨て値でも、船長や船員さん方は、相場の10倍でもきっと無理でやんす」

 「そうかもなあ。ここに来るだけで、人件費が8倍とかって云ってたもんな」

 フューヴァも嘆息した。

 「きっと、御金の問題じゃありませんよ」


 おまえ、話を聞いてたのかよ、という顔で、2人が新しいボトルを傾けながら少し後ろを歩くペートリューを見た。


 「確かに、命あっての物種でやんす」

 「お前は命より金だろ!」

 「ちげえねえでやんす! ゲヒッシシッシッシッシシシシシ……!」


 歯の隙間から息を漏らし、肩を揺らしてプランタンタンが笑う。

 フューヴァは何度も嘆息し、足取りも重く、

 「どうすんだよ」


 ややしばし、3人は無言でチンタラと歩いていたが、やがてプランタンタンが口を開いた。


 「でも、あっしは思うんでやんす。やっぱり、御金様の問題でやんす。命も大切でやんすが、御金様と命は、同じでやんす。御金様が無いと、死ぬんでやんすから」


 「まあ、な……」


 歓楽街ギュムンデの最下層に生きてきたフューヴァも、それ・・は嫌というほど実感している。


 「だけど、相手は人じゃねえ。魔物だぜ!?」


 「人間でもエルフでも、魔物みてえな極悪のヤツバラなんざ、いくらでもいるでやんす。同じでやんす」


 それは、奴隷として生きてきたプランタンタンの実感だろう。

 フューヴァはもう何も云わず、プランタンタンに任せることにした。

 ペートリューは、そんな2人の会話を、ジッと聴いていた。

 やがて、船会社に着いた。

 「おや、あんた達」


 入り口から1階の執務室に入ると、たまたまラペオン号の船長がいて、船会社の人間と話しをしていたので助かった。


 「船酔いは治ったのか?」

 「へえ、御陰様で治りやあした」

 「すまないが、帰りの船は、ないんだよ」

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