第8章「うなばら」 4-2 魔法って、いったい何
「あの、海の魔物どもをどう見る」
「はい、元より我らは海の魔獣は専門外ですが……魔獣であれば、操り方に変わりはありませぬ。しかし、あのバ=ズー=ドロゥに強力に支配されており、我らのつけ入るスキが御座りませぬ。おそらく、あの無数に現れる種々の魔獣どもは大魔獣ランヴァールと密接に関わり合っており、バ=ズー=ドロゥが大魔獣を支配している以上、再支配は難しいかと」
「流石だ。タケマ=ミヅカ様が見こんだ通りよ」
ルートヴァンが感心して、何度もうなずいた。
「いえ、そのような……」
キレットが、伏し目がちに答えた。
「謙遜するな。そして、気を咎めるな。相手は魔族、大魔獣、そして魔王だ。元より、お前達にどうこうできる相手ではない。お前達に期待したのは、その経験と腕前による、初手の正確な分析だ。そしてそれは、今のところ私を満足させているのだ」
「は……畏れ入り……」
キレットとネルベェーンが、再び小さく礼をした。ストラを試すシラールの依頼により、ヴィヒヴァルンの街道筋で魔獣によりストラ達を襲ったが、あっという間に退治され、捕えられた。彼女らの常識では、そのまま殺されてしかるべきだったのだが、ストラに帰依することで救われ、タケマ=ミヅカの命令により大魔獣ランヴァールについて探るため、この地に来た。
しかし、またもノラールセンテ地方伯に捕えられ、さらに魔王自らに救出されたのである。
少なくともキレットにしてみれば、とてもではないが褒められるような状況ではないし、そんな大層な仕事をしたとも思えないのだった。
(よし……これを機に、真にイジゲン魔王様の御為に、大魔獣を魔王様に捧げるべく、魔獣使いとして働くのだ……!)
キレットは、強固な決心を固めた。
「聖下、では、有象無象の魔獣どもは全て討ち滅ぼし、あの身の程を知らぬ大バカ者の魔族を虫けらが如く誅殺しつつ、大魔獣を制御するという魔法の物品を探して奪うことと致したく存じまするが……」
「いいよ」
「畏まりまして御座りまする」
その後は、ゆっくりとルートヴァンが2人に大陸南部のことや、帝都でのこと、これまでの魔獣使いとしての仕事を尋ねつつ、食事を楽しんだ。
2日後……。
やっとプランタンタンたちが復活した。
「えらい目にあったでやんす」
「まったくだぜ」
2人は特に酔いが酷く回復にも時間がかかったが、ペートリューは意外や翌日の午後には復活し、酒を飲み始めた。
「船酔いが治って酒を飲むなんざ、意味が分からねえぜ」
まだ吐き気のするフューヴァが、ベッドの中より呆れて見つめたものだ。
「で、なんでやんす? ルーテルの旦那、あの、あっしらが乗ってきた船を買えっていうんでやんすか?」
「その通りだよ」
食堂で、3人とルートヴァンが打ち合わせる。
「売ってくれやあすかね?」
「大丈夫だと思うよ。君たちは知らないだろうが、ここに来る途中で魔物に襲われてね……僕と聖下で撃退したんだが、船長たちはすっかり参ってしまって、船を売り払って引退するって云ってたんだ。まだ、売りに出ていないようだが……売ること自体は、問題ないはずだ」
「へえ……ですが、船だけ買っても動かせねえでやんす」
ルートヴァンが手を打ち、
「さすがプランちゃん! その通りだ。船長達を、うまく雇わないといけない……なにせ、魔物の襲撃に参って船を売るというのに、その魔物の巣に向かって行くのだからね!」
楽しそうにそう云うルートヴァンと別に、プランタンタンとフューヴァは口をひん曲げて渋い顔となった。ペートリューは、ただワインをラッパ飲みで流しこんでいる。
「ルーテルさんが、魔法で動かしたほうが早くないっすか?」
背もたれに片手をかけてふんぞり返り、足を組んで斜に構えてフューヴァが云った。
「そんな都合のいい魔法は無いんだよ、フューちゃん!」
ルートヴァンが、さも何をバカなことを云ってるんだというふうに笑いながら答えたが、
「ケ、使えねえの。魔法って、いったい何なんすか」
うんざりとして、フューヴァはそう吐き捨てた。
「……」
ルートヴァンは怒るどころか、ハッとしてフューヴァを見据えた。




