第8章「うなばら」 4-1 大魔獣を従える道具
萎縮し、地方伯と若将軍が身を縮める。
「ルーテルさん、あの船を買いましょう」
唐突に、それまで黙っていたストラが口を開いた。
「……ラペオン号ですか?」
「はい」
ルートヴァンがニヤリと笑い、
「あの大きさで北海を進むのは些少の不安が残りますが、まずはランヴァールなる魔獣を手懐けるが先決。流石、聖下。さっそくあの船を徴収いたしましょう」
「いえ、正統な報酬を払ってください」
「御意」
ルートヴァンがストラに礼をしつつ、
「では伯爵、我らは勝手にやらせてもらうぞ。いいな」
「は、はい……」
「2人を釈放してもらうぞ」
「どうぞ……」
キレットとネルベェーンは、晴れて自由の身となった。
4
その2人を連れて、いったん宿に戻った。
プランタンタンたちは、まだグロッキーで目を回していたので、そのまま4人で打ち合わせる。
食堂の隅で、まずは労いの食事と酒をふるまった。ルートヴァンが杯を掲げ、
「2名とも、御苦労。ランヴァールなる原初の怪物を相手に、ま、伯爵を巻きこめたのは上出来よ」
「左様で御座りましょうか」
2人は、不安げな表情を隠さなかった。
「少なくとも、伯爵やその配下が我らの邪魔をすることは無いだろう」
「はい。魔王様と殿下のお陰で御座りまする」
「なんの」
そこへ、追加のワインと海鮮のスープ、焼き物、煮込み、パエリアのような米(のような穀物)料理などが運ばれてきて、4人(ストラは人類偽装行動)でそれらを食べながら、
「他に情報は?」
「は、はい。先ほど、地方伯の屋敷に現れた、バ=ズー=ドロゥなる魔族で御座いますが……」
そう、キレットが答えたとたん、ルートヴァンが屈辱と怒りを思い出して一瞬顔を歪めた。キレットはそれに気づいたが、流石に年の功というか、経験というか……気づかぬふりをしてストラを見やって上手に無視し、話を続けた。
「ランヴァールなる大魔獣は、魔王直下の太古の魔獣で……我らはおろか、あの魔族ですら制御は一筋縄では行かない様子。何か、意のままにする秘密があるようです」
「秘密だと? どのような秘密だ?」
「申し訳御座いませぬ。そこまでは」
「では、何と予想する?」
「は。それは、ネルベェーンより」
キレットが、隣の席の弟子を促した。同じ南部人でも赤茶の髪と肌をしたキレットとは人種が異なり、ヒョロっと背が高く、髪も肌も漆黒に近い。いつも無口で、交渉事はほぼ師にまかせている。
「…………」
ネルベェーンは静かにナイフを置き、
「ハイ、何かしらの、魔法の道具を使用しているかと……」
大魔獣を従える、専用のマジック・アイテムということだ。
魔王であれば、そういう物も製作可能だろう。
ルートヴァン、満足げにうなずいた。
「いいだろう。その魔法の道具を、奪う必要があるということだな。大魔獣ランヴァールをただ殺すのでは、聖下と私が魔術で飛んでゆけばよいが、その道具を奪い、また、そもそも大魔獣のところに案内してもらわねばならん。そのためには、少なくともお前達も同行してもらう必要がある。なんにせよ、船は必要だ。買取は、プランタンタンにまかせようかと思いまするが」
ルートヴァンがそう振って、ストラ、
「いいよ」
無機質に応える。
「ところで、お前達の魔獣はどうした。逃がしたのか?」
グリフォンにもセマルグル(グリフォンに似るペルシャ神話の魔獣)にも似ている、鷲頭有翼獣のことである。それに乗って、2人はヴィヒヴァルンより遥々このウルゲリア東端部まで来た。
「はい、隠密行動の邪魔になるため、北部へ逃がしました」
鷲頭有翼獣は、2人が帝都で買った魔獣だった。帝都には、捕えた魔獣を魔獣使いに売る商人がいるのだ。バレゲル森林エルフ達が使っていた凶鳥や狼竜と異なり、完全に魔力依存生命体……すなわち、魔物だ。キレットとネルベェーンは、怪物とはいえ通常生物である通称の魔獣も然ることながら、真に魔獣を操る秘術にも長けている。




