第8章「うなばら」 3-6 バ=ズー=ドロゥ
ルートヴァンが、ニヤッと笑って魔族を見つめた。攻撃を全て防がれた魔族はしかし、平然として、
「私は……孤島の魔王ことテヌトグヌ様が配下、バ=ズー=ドロゥ。異次元魔王、その力、しかと見た。流石だ」
波に磨かれて砂に光るガラス玉のような目を向け、魔族が東部ウルゲリア語でそう云った。
(孤島の魔王?)
ルートヴァンは、聴き逃さなかった。
「聖魔王を倒せし異次元魔王よ、ゲベロ島へ近づくな。ウルゲリアが滅んだのとは訳の違う、桁違いの異変が起こるぞ!」
「何を云うかと思ったら……」
ストラに代わり、ルートヴァンが答える。
「貴様ごときが聖下を強迫とは片腹痛い。それに、孤島の魔王とはなんだ? いつから北海の魔王は号を変えた?」
バ=ズー=ドロゥが、無機質な視線をルートヴァンに向けた。
「おまえは、誰だ?」
当然カチンときてルートヴァン、狂気的な眼とひきつった笑みを向け返し、
「貴様……部屋の隅にコソコソ隠れていたくせに、話を聞いていなかったのか」
バ=ズー=ドロゥは、平然と無視した。
「異次元魔王よ、これは警告だ。世界の安定のためだ」
サッ、とルートヴァンの顔色が変わった、小刻みに震えて、目元をひきつけのように震わせながら、
「聖下、この無礼にして不届き者を今すぐ誅殺することを御許し下され」
「不許可。地方伯たちに影響を及ぼします」
「グゥッ……!!」
そんなルートヴァンをチラッと見やって、バ=ズー=ドロゥがニヤリと笑ったので、ルートヴァンの憤怒が頂点を超えた。むしろハトが豆鉄砲を食らったかの如く目を丸くし、口を引き結んで無言となって立ちすくむ。キレたのだ。
「どうだ、異次元魔王よ、テヌトグヌ様と手を打て。ヴィヒヴァルンへ戻り、レミンハウエル同様、かの地で魔王として鎮座していろ」
「不許可。当該世界における不確定の影響を考慮することは、自律待機潜伏行動における各魔王討伐作戦を中止する理由にはなりません」
半眼無表情の、仏像のような顔で、ストラが淡々と口だけを動かす。
「では、私とテヌトグヌ様は最大の防衛戦闘を展開す……」
もう、ストラが準超高速行動に突入。ストラが飛び上がって踏みつけた分厚い木材の幅広長テーブルが真っ二つに割れ、真上に上がったストラが蹴った天井にも巨大な穴が空いた。そのままバ=ズー=ドロゥに突進して殴りつけるストラを、ストラと同じほどに瞬間加速したバ=ズー=ドロゥが窓をブチ破って避けながら脱出に成功した。
屋敷の庭に飛び降りる間に、水に溶けるようにバ=ズー=ドロゥは消えた。
「再度空間迷彩を確認。水中に入るのと同様の効果で、地表の下へ消えた模様」
バ=ズー=ドロゥが窓枠ごと破壊して空けた壁の大穴の前に佇んで、ストラがつぶやいた。人間の眼には見えないが、石畳の地面に空間波紋が広がっている。
腰を抜かした地方伯は床に座りこんだまま愕然とストラとその穴を凝視していたが、気絶していないだけましだった。
その後、憔悴しきった地方伯と、なんとか正気を取り戻したが同じく衝撃で打ち震えている若い将軍が、ようやく小部屋でストラ及びルートヴァンと秘密裡に話し合った。
「こうなれば、もう魔王様におすがりし、あの魔族と航路の魔物を退治してもらう他はありません。また、魔王様におかれては、一刻も速くその魔王の住む島へ向かって頂きたく……」
「最初から、そう云っておれば良かったのだ、伯爵」
怒りと復讐と殺意を無理やり押しこめ、平静を装っているルートヴァン、続けて、
「本来であれば退治報酬を取るところだが、これからの貴国のことを鑑み、それは免除してやる。だが、ゲベロ島までの船を手配してもらうぞ」
「え……しかし、外洋船はもうありません。全て、魔物に沈められました。新造するには、時間と経費が……」
よほど魔族とその侵入がショックだったのか、たった10分ほどで地方伯の眼の下には、ありありと隈が浮かんでいた。
「どれくらいかかるのだ!」
イラついて、ルートヴァンが尋ねた。
「え……時間ですか、経費ですか」
「両方だ!」
当惑したように、地方伯、
「え……最低でも4か月……吶喊でも3か月は……経費は、最低で200万トンプは」
「3か月だと!? バカ者! そんなに待てるか!」
ダン、と卓を叩いて、ルートヴァンが怒鳴りつけた。




