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第8章「うなばら」 3-4 ゲベロ島

 ルートヴァンは半笑いで右手を軽くあげ、


 「伯爵、2人は我ら……いや、聖下に帰依し、その配下に間違いない。2人の任務の責任は、我らにある。まずは、2人を解放願いたい。別に、貴公らに被害を与えたわけではあるまい……」


 地方伯が両肘を支えに口元で手を組み、


 「人的や、物的被害は確かにない。しかし、領内で恐ろし気な魔獣を操って何かしらを画策し、捕えてみればその目的も黙秘。これから被害を与えようとしていた、とこちらが推測するのは、自然なのでは?」


 恐ろし気な魔獣とは、ヴィヒヴァルンで彼らが操っていた3頭の魔獣の内、生き残った鷲頭有翼獣グヴェンシーのことだろう。


 「分かった、分かった」

 衛視が2人の魔獣使いを立たせ、2人は鋭い目つきで地方伯を睨みつけた。

 地方伯は平然と無視し、ルートヴァンの説明を待った。


 「聖魔王を倒した聖下は、次はこのノラールのはるか沖にあるゲベロ島にいる北海の魔王を討伐しに向かう。ところが、古代の秘術でその島は長く隠されている。島へ向かうには、唯一、秘術結界をすり抜ける魔獣を従えなくてはならない。2人の密命とは、それだ。もっとも、2人だけで従えるのは難しいことは予想していた。魔獣を探しだし、聖下が来るのをここで待っている手はずだったのだ」


 「ゲベロ島……?」


 地方伯を含め、将軍や官僚達も、初めて聞く名前だった。云い伝えにすら、そんな島は無い。


 「地理的には、確かにガフ=シュ=イン藩王国のほうが近いだろうな。だが、我らは、ここから向かうしかないのだ」


 「なるほど……で、その魔獣というのは?」

 「魔獣ランヴァール」

 「ランヴァール……!!」

 地方伯を筆頭に、皆が息を飲んだ。

 「御存知のようだな」


 「御存知も何も……伝説……いや、神話の魔獣だ。太古の神が従えていたという、バケモノだぞ。そんなものが、本当に……?」


 そこで、唐突にストラが無表情のまま口を開いた。


 「このノラール地区近海に、半年ほど前より巨大な魔力依存生命体……魔物が出現しています。それが、目標の魔獣ランヴァールと推察します。航路に頻繁に現れるようになったのは、その巨大魔獣たるランヴァールの主に体表面に巣食っている寄生体と判断して差し支えありません。ランヴァールを中心に、寄生魔獣の生態系が確立されているのです。問題は、それら魔獣が明らかに意思をもって船舶を襲撃していることです。おそらく、ランヴァールを含め、高度な知性を持った魔物によって操作されている……すなわち、魔族の関与が濃厚です」


 一同、一瞬、絶句して、

 「え……」

 「まっ……魔族だって!?」

 「マゾク!?」

 最後の言葉だけ印象に残り、驚愕にざわついた。


 この世界の住人であっても、魔族など、なかなか接するものではない。魔族自体が人間等から身を隠しているし、魔族が用のある人間等も、高度な魔術を駆使する者に限られる。まして、信仰上魔族を敵対視するウルゲリアに魔族がいるはずもないし、いる理由も無い。ウルゲリアの一般人が、驚愕し、唖然とするのも無理は無かった。


 「流石、聖下……! 既に、そこまで掴んでおられましたか。このルートヴァン、感服の極みに御座りまする」


 ルートヴァンが胸に手を当てて、伏し拝むように横の席のストラへ敬服した。

 「ま、魔王様……どうして、魔族がこの海でそのようなことを!?」

 これは地方伯だ。当然の疑問を、代表して聞いた。

 「それは、わかりません」

 ストラの無機質な答えに、一同が息をつく。が、


 「考えられるとすれば、その、ゲベロ島なる魔術的機構により秘匿された島にいるとされる『北海の魔王』が、私が聖魔王すなわち御聖女おんせいじょを排除したことを察知し、私が島へ接近するのを妨害するために麾下の魔族に命じて、広範囲に海路の封鎖を試みていると推察されます」


 「…………」


 お前のせいじゃねえか! と、何人かは確実に思ったが、誰も実際に声に出す者はいなかった。また、それは正解だった。


 「どちらにせよ、私どもはゲベロ島に向かいますし、そのためにはそのランヴァールなる巨大魔獣と接触しなくてはなりません。私どもは勝手にやりますが、ノラールセンテ地方伯殿としては、それを追認するのを薦めます」


 一同が地方伯を見やる。地方伯は、急に話を振られて固まっていた。

 「どうかね? 伯爵。聖下の御言葉であるぞ」

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