第8章「うなばら」 3-3 ノラールセンテ独立
「え……と、いうことは……?」
地方伯以外は、まったく意味が通じなかった。
ルートヴァンが改めて、
「ウルゲリアは、このノラール地区のような外周部を除いて、超絶的に高濃度の魔力に呑まれて滅亡したのだ」
「ハアアアああああ!?!?」
若い将軍を含め、また何人かが席を立った。
「たたた、たわけたことをぬかすなよ!! ウルゲリアが、恐るべき魔力に呑まれ……!?」
冷笑を浮かべてルートヴァン、
「では、勝手に偵察でもなんでも見に行けばよろしかろう。赤色に輝くほどの魔力……どれほどのものか、知っている者はいるのか?」
「っ……」
唖然、茫然として、地方伯の家臣たちが凍りついた。
それらをねめ回してルートヴァン、
「そう云えば、神聖魔法の使い手がいないようだが? この地区では、司祭やら、教司祭やらはどうなっている?」
「ノラールは世俗地区だから、名目上の地区教司祭は我が家が代々仰せつかっている。しかし、私は、司祭の資格は無い。神聖呪文も使えない。神殿は別にあるが、我が家では政に神殿の関与を認めてない」
目を開け、地方伯が答えた。
「それは賢明なことだが……ウルゲリアでは、異端ではないのか?」
「ま、辺境という事よ」
寄進さえしていれば、大神殿でもうるさいことを云わないほど田舎、という意味だ。
「だが、これからはここがウルゲリアの中心……いや、ウルゲリアとなる!」
「ほう……」
ルートヴァンは、素直に感心して目を見開いた。
「大公殿下の話を信じるならば……いや、それはもはや、紛れもない真実だ。大神殿は両派とも滅び、とうぜん、大森林のエルフどもも滅んだ。ウルゲリア中央部は、人も住めぬ荒廃した地と化した。ならば、御聖女の教えは、我らがそれを引き継ぐ。ただし、もっと、緩やかな教えとして……な」
(なるほど、そう来たか)
ルートヴァンがうなずく。
(御聖女信仰は棄てず、むしろこの国家存亡の危機を乗り切るよりどころとするか。ま、田舎領主のわりに、妥当な判断だ……)
で、あれば、ルートヴァンの答えは決まっていた。
「では、我がヴィヒヴァルンはそれを承認し、皇帝府への報告を補佐し、帝国政府がそれを認めるよう、私が異次元魔王聖下の名にかけて我が祖父ヴァルベゲル8世に進言しよう」
すなわち、ウルゲリア=ノラール地方伯領として、独立するというのである。立場としては、滅んだフランベルツ地方伯領と同格になる。
そして、それを大国ヴィヒヴァルンが支持し、手続きを補佐する。
話について行けず、彫像のように固まっている配下たちの前で、ノラールセンテ地方伯が安堵の息を漏らした。
本来であれば、こんな大陸の端のド田舎地方領が独立など、経済的にも立場的にも武力的にも到底不可能だが、ウルゲルアの本土滅亡という非常事態と、大国の後押しがあれば成しえる。また、そうしないと、混乱の波に押し流され、本国の後を追うように滅んでしまうだろう。なぜならば、事実上独立したとしても、交易中継が基本収入のこの地方では、国家としての知名度も実力も無く皇帝の承認も無いままでは、どこにも相手をされず領民は餓死するのみだ。
(だが、ウルゲリア本土が滅んだ以上、これまで通りに船は来ない……輸出する穀物が無いんだからな!)
前途多難である。また、
(それでなくとも、航路に魔物が居座っているというのに……!)
そこで地方伯、魔物で思い出した。
「殿下、最後の質問の答えを願おう。おい!」
広間の扉が開き、この辺りでは非常に珍しい南部人の男女2人が、衛視に連れられて現れた。1人は背の低い、赤茶色の肌と髪をした壮年の女性で、つぶれたカエルのような相貌をしている。1人はその女の弟子の若い男で、背が高く、漆黒に近い濃黒肌と縮れた髪に、ギョロ目だけが浮き出るように光っていた。
女がキレット、男はネルベェーンだ。
南部出身の魔獣使いで、ヴィヒヴァルンでストラに帰依した後、タケマ=ミヅカの命令でとある魔獣を従える任務に就いてこの地に来た。その任務は、タケマ=ミヅカからルートヴァンに引き継がれている。
2人は、無表情で微動だにせず座っているストラとその隣のルートヴァンを認めるや、いきなり床に両膝をついて土下座するように礼をした。
「ま、魔王様! 大公殿下! 申し訳もござりませぬ!」
キレットが、きれいな帝都語でそう云い放った。




