第8章「うなばら」 3-2 世界がどうなるか、知る覚悟
何人かは、思わず立ち上がった。
地方伯、片眉を上げて小首を傾げつつ、ルートヴァンに手で指図して自己紹介を促した。
「左様。フィーデ山の火の魔王レミンハウエルを打ち倒し、ヴィヒヴァルンの真に新たなる魔王となられた、異次元魔王ストラ聖下である。本来ならば、貴様らごときがその御尊顔を拝し奉るのも畏れ多いが……ここはヴィヒヴァルンではない。ノラールセンテ地方伯には、頼み事もある故……栓無きこととする」
「…………!?!? ? ?? ? ? …………!?!?」
無理も無いが、地方伯以外の全員が、驚愕に凍りついている。
「ちなみに、我はヴィヒヴァルンがエルンストン大公、ルートヴァンである」
ルートヴァン? 何人かが、聞いたことがあるような……といった顔となり、役人の1人が、
「まさか! ヴァルベゲル王が嫡孫、ルートヴァン大公なのか!?」
「殿下をつけろ、バカ者が」
地方伯がすかさずそう云わなかったら、ルートヴァンの電撃が飛んでいたところだった。
あっ、という顔になり、その中年の高級官僚、
「た……大公殿下が、魔王様を引き連れ、わざわざこんなところまで……どうして……?」
「それを説明願うため、御足労頂いたというわけだ」
地方伯がそう言葉を引き取り、悪い顔となって、
「ミグラーコル、こんなところで悪かったな。お前の祖父の代から、我が家に仕えているはずだが」
「え……いや、いいえ! けして、そのような意味では!」
官僚がドッと冷や汗をかいて慌て、ルートヴァンが助け舟。
「いやいや、そちらの云い分は正しい。我とて、こんなところまで自ら来ようとは、聖下にお仕えするまで夢にも思わなかったこと」
確かに、事実上国交の無いヴィヒヴァルンの王子が、地の果てであるウルゲルアの東端にこうしていること自体が、前代未聞だ。
地方伯は苦笑し、
「ミグラーコル、座れ。冗談だ」
ほっとして官僚が席に着き直し、地方伯、
「では改めて、殿下及び聖下に、次のことを尋ねたい。御二方は、何のためにウルゲリアへ来たのか。ウルゲリアで何をしているのか、はたまた、何をしたのか。そのことと、西の方角の赤い空と、何か関係があるのか。遥か南方異国の魔獣使いを当地へ送りこんで、何をしようとしていたのか」
「質問が多いな」
ルートヴァンが苦笑。
「答える前に、貴公らの覚悟を確かめたい」
「覚悟だと?」
地方伯が眉をひそめる。
「我々が何を行い、その結果、世界がどうなるか、知る覚悟だ」
「フ……」
地方伯が小鼻で笑った。
「何を笑う?」
「あの西の血の色の空を見れば、ただ事ではないことくらい分かる。それはもう、大異変と云って良いだろう。勿体ぶらずに、その大異変を早く説明してくれたまえ。私は、その説明如何でノラール地区の人々をどう導くか、考え、行動する責務がある!」
「よかろう」
ルートヴァンが席を立った。
「では、聴かれた順に答えよう」
将軍や高級官僚達が、息を潜めて緊張に耐えた。
「レミンハウエルより魔王位を引き継がれし、こちらにおわす異次元魔王ストラ聖下を、偉大なる大魔神メシャルナーが御認めになり、新たな世界を支える『要』として御指名されようとしている。そのためには、かつてメシャルナー神がそうしたように、いま現在、世界を支える魔王達をいったん全て打ち滅ぼさなくてはならない。新しい世界を無から構築するためにな。聖下は、そのためにウルゲリアへ来た。そして、御聖女こと聖魔王ゴルダーイは……聖下に打ち倒され、消滅した」
やはり……という表情で瞑目したのは、地方伯だけだった。
というのも、御聖女が古い魔王であり、いまも健在である(あった)と知るのは、王都派・バレゲル派神殿上層部でも極一部の者だけであり、地方伯のような重要な貴族ですら、薄々そうではないかと感じていた程度で、一般人にしてみれば、
「御……聖女が……まお……魔王……?」
まさに、ポカーンである。
官僚や将軍達の理解など知ったことではないルートヴァン、話を続ける。
「その際、どういう不可抗力か知らないが……膨大な量の魔力が次元の亀裂より溢れだし……ウルゲルアの大地を染めたのだ。あの赤い光は、見渡す限りの大地が、恐るべき濃度の原初の魔力に染まっている光だ」
「…………」
地方伯が瞑目し、沈鬱に祈りを捧げた。




