第8章「うなばら」 2-11 西の空が夜も真っ赤なアレ
「たしかに」
そしてホーランコル、ストラの腰にあった妙な曲刀状の剣を思い出し、
「よく見てるな!」
感心して、潮灼けした船長の顔を見やった。
「仕事柄、な」
「あんな凄い人がいるんなら、俺たちなんざ、お払い箱だよ」
「ばか、高くて雇えるわけないだろ、こんな船で……」
船長が苦笑し、ホーランコルも続いて苦笑した。
「しかし、聖勇者もフィロガリで下りちまう。帰りはいない。帰りにもあんなバケモノが出たら、もうおしまいだ」
船長の言葉に、ホーランコルが黙りこむ。
つまり、帰りの船は無し……この航海で船を売り払って、船員一同、フィロガリで陸に上がるという意味だ。この船の帰りを待っているネラベルの人々には悪いが……もう、そうするしかない。
「ま、俺たちは、陸でもどこでも仕事はあるだろうが……」
ホーランコルにそう云われ、船長、
「大丈夫だ、沿岸をウロチョロする小さい船ならまだ走ってるし、なんとでもなるよ。いざとなれば、伯爵様に泣きつくさ」
「地方伯か……」
ホーランコルはノラールセンテ伯爵に会ったことも見たこともないし、話に聴くだけだったが、もともと先祖は海賊上がりだったという伯爵は、代々領内の船乗り達に篤い信頼と支持を受けているのは知っていた。
「お前も、いざとなったら伯爵様を頼れ」
船長はそう云って、自分のカップにラム酒を注いだ。
「ま、いざとなったら、な」
そして船長、ホーランコルにも酒を注いでやり、
「それより、西の空が夜も真っ赤なアレよ」
「うん……」
それは、船からも確認でき、今も左舷から見ることができる。水平線の向こうの陸地のさらに奥……広大なウルゲリアの大地と天が、まるで低緯度オーロラのように真っ赤に染まっている。
もちろん、オーロラなどではない。
聖魔王の死……いや、消滅により、超絶高濃度にして膨大な量の魔力が次元の裂け目から大地に漏れだし、汚染した影響残滓だ。広大な範囲を汚染した、魔王が持つシンバルベリルに匹敵する高濃度魔力が、真っ赤に光っているのである。港町ネラベルやフィロガリを含むノラール地区は、数少ない汚染を免れたウルゲリア最辺部なのだ。
「嫌な予感がしやがる……町のどんな年よりも、あんなのは見たことがないっていうんだ」
「そうだろうな!」
「このウルゲリアに……何か、とんでもないことが起きたに違いないんだ」
船長の泣きそうな視線を受け流し、ホーランコル、
「何が起ころうと、御聖女様の御導きだよ……」
そう云ったが、しかし、この大異変を御聖女が導いたとはとうてい信じられず、目を細めて黙りこんだ。
3
翌日は快晴で、ウソのように波も穏やかだった。
魔物も現れず、ラペオン号は順調に北上して、3日目の午後にフィロガリへ到着した。
フィロガリは伯爵家で整備した大きな港で、石造りの防波堤が長く突き出ており、港内は波が静かだった。久しぶりにネラベルから船が来て、港の人々は歓声を上げて出迎えた。
その歓声に手を振りながら、船長の表情はやはり寂しそうだった。
ストラ達は、そんな事情など知ったことではないので、さっさと下船してまっすぐ伯爵の屋敷へ向かおうとした。
しかし、たった3日でげっそりとやつれたプランタンタン達3人が、船を下りても揺れの感覚がおさまらずにフラフラ……いや、グラングランしていたので、まず近くの宿に入って休むことにした。
3人とも、しかし、ベッドに入るとそのまま寝こんでしまった。三半規管がまだ揺れを感じており、とっくに地面も天井も止まっているのに、感覚だけが波の揺れに襲われているのである。この船酔いが治まるまで、最低でも1日はかかるだろう。
「仕方がない……聖下、我々だけで参りましょう」
「いいよ」
昼を少し過ぎたころ、2人はノラールセンテ地方伯爵の大きな屋敷に到着した。
「止まれ!」




