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第8章「うなばら」 2-10 聖勇者

 ストラと魔物が戦うのに目を奪われていた船長やホーランコル達は、思い出したように後方へ目をやった。


 激しい波間に、海中から大きな氷の塊が勢いよく浮上し、流されてゆく。

 その氷塊に交じって、魔物の肉片も浮かんでいた。

 「…………!?」

 一同が声も無く驚愕していると、


 「魔術により架空生物を形態模写した氷の塊を稼動させ、魔物と戦闘を行っておりましたが、最後は自爆しました」


 「じ……じばく・・・……!?」


 意味が分からず、ホーランコル達は互いに目を合わせるだけだったが、ネルーゴフンが、


 「あっ! あの……!」

 「なんでしょう」


 ストラの冷たくも美しい鋼色の眼に見つめられ、ネルーゴフンの心臓が畏怖により高鳴った。


 「も、も、もしや、あの、あの魔獣と戦った氷の竜も、あ、貴女様の魔術なのでしょうか!?」


 えっ、まさか、という顔で、ホーランコルやドゥレンコルらがストラとネルーゴフンを交互に見やったが、


 「似たようなものです」

 「なんと……!」

 「もしや、名のある聖騎士……いや、聖勇者様なのでは!?」

 そう声をあげたのは、ベテラン神官戦士のバーレンリだ。

 (聖勇者だって!?)


 ホーランコルが眉をひそめる。ウルゲリアの勇者はあらかた知っているつもりだったが、こんな人物はまったく知らない。まして、これほどの強さならなおさらだ。自分が知らないはずがない、と思った。


 「私は、ヴィヒヴァルンで聖騎士ルテローク様とヤーゼン様よりウルゲンの御導きを受け、仮信徒となったものです。王都で信道しんどうを受けるつもりでおりましたが、教司祭様の都合がつかず、その前に一仕事することとし、このたびルーテル氏の護衛の役を承りました。聖勇者かどうかは、まだウルゲリアにきて日が浅く、そう呼ばれるに相応しいかどうか判断がつきません」


 波の音の中、ストラがそう語るや、みな妙に納得し、かつ感心して息をついた。


 「ル、ルーテル氏というのは、あの王都の商人だという?」

 「はい」

 適当に応え、人々の視線を背に、ストラは無表情のまま船室へ戻った。


 戻ると、既にルートヴァンの分身が控えていた。

 「御疲れ様で御座りまする、聖下。実に見事な戦いでした」

 「うん」


 ストラは再びベッドの上に座り、今度は胡坐アグラのまま軽く膝の上に拳を置いて半眼、只管打坐しかんたざのように微動だにしなくなる。


 「聖下、明日にはフィロガリへ到着するでしょう。その後の伯爵との交渉は、御任せを」


 「うん」


 分身を消したルートヴァンはすかさず船中に偵察魔術のネズミを放って、船員や冒険者たちの動向を探った。


 数時間後には外も暗くなり、心なしか波も穏やかになった。


 ちなみに、食事付の船ではないので、糧食は自分たちで用意したものを勝手に食べる。


 ルートヴァンは相変わらず浮遊魔術の応用で少し室内の空中に浮いたまま、ネラベルで購入したウルゲリアのパンにナイフで切れ目を入れ、オイル付の小魚を挟んだものををかじりながら、船長と冒険者パーティのリーダー・ホーランコルの打ち合わせを探った。2人は船長室で酒を傾けながら、昼間の戦闘を振り返っていた。


 また、その会話は船中を常時三次元深層探査中のストラにも、当然のごとく筒抜けだ。


 「やっぱり、魔物の数も増えてやがるし、大きさも異常だ。あんな大物は、見たことも聞いたこともない」


 船長が沈鬱な表情かおで云い放ち、ラム酒をあおった。


 「確かに、あの聖勇者がいなかったら、オレたちはとっくに海の藻屑の仲間入りだ」


 「運がよかった」

 「まったくだ」

 ホーランコルも真鍮のカップをあおり、一気に飲む。

 「自棄ヤケ酒かよ」

 船長が笑った。


 「自信無くすにきまってるだろ! なんだ、あいつは! 聖勇者だって!? あんなヤツが、この世にいるなんて……」


 「いや、アレ・・は特別だ。あんなの・・・・は、そうそういないよ」

 「そうかね……」


 「そうさ。剣すら抜かなかった。魔法剣士だというのに、妙な魔法だけで、あんな魔物を……超一級の魔術師でも、なかなかああはいかないぞ」

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