第8章「うなばら」 2-3 出航
神官2人は、パーティの中では目立たないが、ネルーゴフン司祭の補佐として重要である。元より司祭のお付として、神殿より派遣されているのだ。
1人はクロアル。27歳。男。生来の身分が低く、一生ヒラ神官の身というしがない聖職者だが、一念発起して修道冒険者になったところを、神殿の命令で司祭のお付きになった。王都派だが、ヒラ神官にとって王都派もバレゲル派もあまり変わりなく、気にしていない。そのため、厳格なネルーゴフン司祭が苦手だった。
もう1人はアーベンゲル。20歳。男。地方の貧しい商家の出身で、ほとんど口減らしのために神殿に入った口である。成績が優秀だったため地方から王都に派遣され、神官見習いから神官に昇格したばかりの新人神官。昇格したとたんに、司祭付で修道冒険を命じられた。旅と修行の冒険の中でリーダーのホーランコルに憧れつつ、身分違いの恋でカバレンコフンが気になっている。しかし、なんとネルーゴフン司祭が逆身分差の恋で彼を気にしている。
ちなみに、この中で多少なりとも盗賊スキルを身に着けているのは、神官戦士バーレンリと、クロアル神官である。やはり、生来の身分の低さが、幼少期よりそういうスキルを習得せざるを得ない生活上の事情があるのだった。
さて……。
自分達の警護する貨客船の客が、よもや故国を滅ぼした「魔王様御一行」とは露知らず、ホーランコル達は出航に向けて気合を入れていた。
なにせ、このラペオン号はネラベルを母校とする最後の外洋船なのだから、ネラベル市民の希望の綱なのだ。
7人は余っている2等から3等客室に部屋を与えられ、1等に入ったストラ達とは、直接顔を合わせることは無い。今は、7人全員が甲板で出航準備を見守りつつ、警戒していた。まさか湾内まで魔物が入ってくるとは思えなかったが、念のためだった。
我々で云う午前9時半ころ、係船杭から舫い綱が解かれ、船が岸壁を離れた。タグボートである21人乗りの小型船が2隻出動し、力強くオールを漕いで1隻は後ろから押し、1隻は前で綱を引っ張って曳航した。
「お、動きだしたでやんす!」
1等客室の3人部屋で、プランタンタンがフューヴァやペートリューと小さく歓声を上げた。馬車とはまた異なる動きの体感に、3人とも心を躍らせる。
ちなみに、ストラとルートヴァンは同じ1等でも、それぞれ個室を取っている。
ラペオン号がネラベル湾の中ほどまで来ると、係船が離れた。曳航していた前の船は、進路を邪魔しないよう、綱が外されたとたん、急カーブを描いて進路から離脱する。
湾内は常にゆるやかな風が吹きつけており、帆の角度をリアルタイムで調節して、船はどの方向から風が吹きつけても常に前進する。
「甲板に出てみようぜ」
フューヴァがそう云いだし、既に呑みつぶれているペートリューを置いて、プランタンタンとフューヴァが船内通路を通り、階段を上がって外に出た。
出たとたん、
「ぅうわッ寒ぅうッッ!!」
吹きつける風の冷たさに、たちまちひっこんだ。海風はとっくに冬の冷たさで、よく見ると船員たちはみな真冬の防寒着を着ている。
「ここであの寒さなら、外海とやらに出たらどうなるんだよ。もっと風が強いんだろ?」
通路を戻りながら、フューヴァが震えあがってつぶやいた。
「着るものを買いこんでおけばよかったでやんす。あの宿のおやじも、船長も、誰も教えてくれねえなんて……酷いでやんす」
「きっと、アタシたちがそんなことも知らねえなんて、思いもよらなかったんだろうぜ」
「なるほどでやんす」
部屋に戻り、簡易なベッドで横になった。
そのまま毛布をひっかっぶってウトウトとしていると、突如として地震もかくやという動きで、部屋全体が右に左に動き出したので、驚いて飛び上がった。
いや、右に左にどころではない。
ぐうん、と浮き上がって、斜めにうねりながら一気に下に落ちたと思ったら、またすぐさまぐぅうん、と浮き上がる。
「な……なんだ、こりゃああ!」
フューヴァが、眼を回して叫ぶ。プランタンタンは声を出す余裕もなく、落下防止用の、木板で造られたベッドのサイドガードにしがみついている。
「き、きっと、きっと外洋に出たんですよ!」
酔いつぶれて寝ていたはずのペートリューも、起き上がって叫んだ。
ランタンが激しく左右に揺れ、影が動く中、
「ど、どういうことだよ!?」
「波が強いんですよ!」
「な、波ィ!? 波って……!」




