第8章「うなばら」 2-1 ラペオン号
その割には、(たぶん)護衛のストラは良いとして、残りの3人が商人には見えないのが不思議だったが、金さえ払えばなんでもいい。ワケありなど、いくらでもいるのだ。
「今日は、2か月ぶりの出航だ。どうしてもフィロガリに行かなきゃならないし、向こうから貨物を持ってこないといけないんだ。陸路だと、山越えをしなきゃならないもんでな」
「というと、船賃がこれだけ高騰しても、まだ山越えより船のほうが安いんですか」
「いや、そもそも道が無いんだ。獣道しか。これまで、ずっと海路だったんだ。陸を運ぶヤツなんか、誰もいなかった」
峠越えの道路を整備してまで……といったところか。
だが、海路が壊滅したならば、そうするほかはない。
(とはいえ、伯爵家のカネだけでは無理だろう……かといって、聖王国は壊滅した)
ルートヴァンが内心、ほくそ笑む。伯爵との交渉に、なるべく情報を集めておかなくては。
それはそうと……アンテール船長、
「御客は、皆さん方だけだ。元から貨客船だから、たいして豪華な部屋でもねえ。それでも、船旅の安全のために、ここいらでも結構なウデの冒険者を7人も雇ってる。高い船賃取るだけあって、心配は御無用だよ」
この言葉に、当然のことながら5人とも、
「はあ……」
と、云った表情だ。云うまでも無くストラがいるし、ストラがおらずとも、そこらの標準的な魔物など、ルートヴァンが魔術で薙ぎ倒す。
「え……頼りないか?」
アンタールが驚いて、聞き返した。
「いえいえ! とんでもありません」
と、ルートヴァンが片眉を上げて返事をするが、
「ストラの旦那を雇ったほうが、確実でやんす」
「黙って! プランちゃん!」
揉み手で値段交渉を始める前に、ルートヴァンがプランタンタンをローブの袖で隠した。
「じゃあ、オレは一足先に乗ってるから、出航までにゃ乗船してくれよ」
「よろしく頼みます。御聖女に栄光あれ」
「ああ、栄光あれ」
額と胸で軽く円を描き、アンタールが行ってしまう。
「なんで、止めたんでやんす?」
眉根を寄せ、プランタンタンが不平を漏らした。
「話がややこしくなるだけさ」
「なんででやんす? 面倒な魔物が現れたら、どうせストラの旦那が倒すんでやんす。タダ働きでやんす」
「じゃあその時に、値段交渉をすればいいだろ?」
ストラの傭兵代金の交渉など心の底からどうでもいいルートヴァンはイラついてそう答えたが、プランタンタンが息を飲み、
「そうでやんす! そのほうが、いま売りこむより高値になるに決まってるでやんす! さっすが、ルーテルの旦那でやんすねえ……!」
呆れかえるルートヴァンを見やって、フューヴァが失笑した。
2
黄色カモメ(仮称)がミィミィと鳴く旅情あふれる波止場も、航路に魔物が居座ってからは旅情どころではなく、緊張と恐怖と絶望に支配されていた。今や、ネラベルに唯一残っている貨客船「ラペオン号」の船員たちの表情も暗く、また決死の覚悟に染まっている。
そんな中に、割と緊張感の無い5人が乗船してきたので、驚く者、苦笑する者、憐れむ者、様々だった。
「うっひょおお~! こんなでっけえフネに乗るのは、初めてでやんす!」
「アタシもだぜ。っつうか、フネに乗るのが初めてだ」
「わっ、私もですぅ」
「云われてみりゃあ、あっしもフネなんか乗ったことなかったでやんす」
「実は、僕もなんだよ……湖で船遊びくらいはしたことあるけど、こんな本格的な船はね……」
そういう意味では、4人とも緊張と期待に表情を強張らせている。
船長に案内され、5人が客室に下がってから、船員たち、
「……へっ、船遊びだってよ」
「どこの御大尽だ」
「王都の金持ちらしい……」
「いい御身分だが、かわいそうに、波と魔物で……よ」
「そう云うな。全ては、御聖女様の御導きだ」
「ケ、聖女様の導きで魔物が出るんじゃあ、救われねえぜ」
「シッ……司祭が見てる」
船員たちは咳払いし、出航準備を再開した。




