第8章「うなばら」 1-6 8倍
ストラは、ゴルダーイの「天の眼」による干渉以後、重力レンズによる宇宙線回収は中止している。今は、テトラパウケナティス構造体分離方式で衛星軌道上に浮かべている偵察衛星を通して、近郊や海上の探査を一晩中行った。北海の魔王がいるという小島を探したのだ。また長距離広域三次元探査であり、ここ1か月ほどの直近過去も観測する。
(……衛星軌道上から、目標と思わしき諸島や孤島は確認できず……次元歪曲効果も、いまのところ、観測できず……ただし、極小範囲で強力な低気圧がずっと滞留している場所を確認……この低気圧下に、当該目標島がある可能性大。これが自然現象なのか、魔力子の利用による効果なのか不明なれど、空間探査波が届かないため、魔力子の利用による隠蔽工作と推測)
つまり、広範囲な大規模魔術で隠されているということだ。
それでも、これまでの観測であれば、魔術による隠蔽も次元歪曲に変わりなく、歪曲効果が直接観測されたり、少なくとも歪曲振動波が観測されたりするはずなのだが。
(距離が遠いからか……? 原因不明)
ストラは探査を近海に切り替え、航路上の魔物の出現状況等を探査し、朝を迎えた。
朝食も、乾パンにあっさりとした魚と根野菜のスープだった。この点、朝は肉類や卵、チーズ、野菜スープなどを食べる習慣の人間にとっては、
「またサカナか……」
とか、
「朝から魚かよ……」
と、思わなくもない。
が、それも旅の醍醐味だ。
まして、ずっと保存食を齧ってきているのだから、御馳走だ。
初めての船旅に緊張しつつ、一行(3人)は朝食を平らげ、宿を出た。それぞれ狼竜の車から持ってきていた荷物を担いで、港へ向かう。
ちなみに、車に積んできたペートリューの酒の小樽は、きっちり飲みつくしている。
既に千鳥足のそのペートリューを見やって、見送った宿の者らは、
「あの人、あんなに酔って大丈夫かい」
と、心配した。
「フン……どっちにしろ、酒に酔っているほうが幸せだ。今時期の波は、王都の商人なぞが耐えられるもんじゃねえ」
宿のおやじにそう云われ、女将、
「そうだねえ。それに、魔物も出るって云うし……気の毒に」
一行に同情した。
波止場へ出ると、カモメ(に、似たような黄色い鳥)の声がして、一行は潮風に目を細めた。
「乗るのは、どの船でやんす?」
プランタンタンがキョロキョロしながらそう云うが、どの船も何も、入り江を超え外洋に出るような大きな船は一艘しかない。
中型貨客船「ラペオン」号だ。
完全な帆船で、動力は何もついていない。人力のオールすらない。それはガレオン船に近い、もっと大型の船の装備だった。
(なんで、魔力子を利用した動力機関が開発されないのか、本当に不思議)
ストラが船を見やって、ぼんやりと考える。
それは、思考の方向性の違いと云えた。
魔力機関を開発してそれで動くより、例えばこういう帆船だと、魔法でいくらでも風を操ることができるのである。そっちのほうが早い、とこの世界のこの時代の人々は考えているし、それが当たり前なので、わざわざ魔力のエンジンを造ろうとも思わない。そういう、発想がないのだ。
レンガ造りの大きな船会社を訪れ、フューヴァが5人分の料金を払った。
1人、400トンプであった。
銀貨4枚である。5人で2,000トンプだ。
「たっけえよなあ」
払っておいて、フューヴァがつぶやく。
「高いんでやんすか?」
こんな大きな船など乗ったことのないプランタンタン、相場が分からない。
ルートヴァンが休憩所の粗末な椅子に座ったまま、
「魔物が出てから、8倍になってるらしいよ」
「8倍でやんすか!」
「他の船がみんな沈んじまって、あと冒険者もたくさん雇っているからなあ」
そう云って野太い声を出して現れたのは、いかにも海の男といった、背の高いヒゲのオヤジだった。
「船長の、アンテールだ」
「ルーテルです」
ルートヴァンが立ち上がって握手をする。船長も、ルートヴァンが5人の主人で、フィロガリへ向かう高級商人だと思いこんでいた。




