第8章「うなばら」 1-5 船宿にて
ペートリューは分かりやすく歓声を上げ、プールに飛びこむように次元窓へ頭から入る。いっそ、今後の人生をずっとここで過ごしたいという勢いで。
「次元格納庫内に、生身の生物が15分以上滞在することは推奨しません。三次元物質永久保存のため、空間が歪んでいます。次元格納庫内長時間作業は、空間歪曲振動効果を中和する特殊装備が必要」
「えっ」
ストラの声がやけにはっきりと耳元に聴こえ、手短な樽のふたを開けて柄杓で赤ワインを一週間も砂漠で過ごしていたようにガブガブと呑みまくっていたペートリューは、我に返った。
「…………」
ストラが云うのなら、本当なのだろうと思い、急いで水筒にワインを汲むと、窓から出る。
そのまま、自分とフューヴァの部屋へ戻り、8本ある水筒をチビチビを飲りはじめた。
夕刻前までに、ルートヴァンとフューヴァは戻ってきた。
「フィロガリ行きの中型貨客船に、部屋をとりましてござります。フィロガリまでは、およそ3日にて」
ルートヴァンが、ストラへ報告する。
「そして聖下、ノラールセンテ伯爵の云っていたことが、なんとなく分かり申した」
「どういうことでやんす?」
「海に、魔物が出てるんだってよ」
これは、フューヴァだ。
「魔物でやんすか……」
プランタンタンが手を打った。
「なあるほど、タケマズの旦那は確か、北海の魔王とやらを倒すため、難儀な魔獣を従える必要があるとかなんとか云って、あの魔獣使いの南部の人らをこっちへ派遣しておりやあしたが……そもそも海に魔物が出ていて、察するに船の行き来を妨害してるんでやんすね?」
「さっすがプランちゃん、回転が速いね!」
満足げに、ルートヴァンが片眼をつむって指をさす。
「そんなわけで、伯爵は聖下に魔獣退治を依頼したいのだろうと思われるし、キレットとネルベェーンでは、結局魔獣は手に負えなかったのだろうと推測される。ついでに、魔獣の仲間だか配下だかしらないけど、主要航路に魔物がウヨウヨいて、なかなかフィロガリ行きの船が捕まらなかったんだ。いちおう、船会社でも魔物退治の勇者やら冒険者やらを雇ってはいたんだが、ここ数か月は返り討ちが相次いで船が何隻も沈んで、お手上げ……なんだそうですよ」
ルートヴァンが口元を歪めながらそう云うと、無表情のストラへ略礼する。
「で、伯爵も困ってるって寸法だ。なにせ、このノラールセンていう土地は、海上交易で食ってるそうだぜ」
「うっひょおお~~~~~~!! 御金様のニオイがするでやんすううううう~~~~~~ゲヒッシッシッシシシイイイイイイ~~~~~~~~~~!!!!!!」
口に手を当て、肩を揺らして笑うプランタンタンに、フューヴァは鼻で笑いつつ、
「ストラさんがあれだけ金銀財宝を集めてるのに、まだそんな端金が欲しいのかよ!」
「なに云ってるんでやんす!! どんな額でも、御金様にはしたなんて無いでやんす!!!!」
急に目を吊り上げてプランタンタンが拳を振りあげ、ダンダンと床を踏んだので、フューヴァもドン引きしつつ、
「わ、わかったよ、悪かったぜ……」
なんとかなだめた。
その日の夕食では、一行は豪華な海鮮料理を味わった。
「うっひょおお! エビ!? エビでやんすか!? でっけえエビでやんす!!」
「おい、ホントに食えるのか? こんな、バケモノみてえなエビはよ……!」
内陸部や山間部の人間にとって、エビは小さな川エビやザリガニ、テッポウエビのようなもので、我々で云うところのロブスターやイセエビみたいなものは当然、初めて目にする。
「2人とも、高級品だよ、これは! まさに産地でしか口にできない、海の幸さ」
ルートヴァンですら、丸ごと塩ゆで、それに2つ割りにして炭火焼きされたばかりのイセエビの山など、初めて見た。
他にも、大きな魚介がゴロゴロ入ったバター風味のスープや、魚や貝の蒸し物、焼き物、揚げ物が並ぶ。
「すみませんねえ、こんな田舎料理で……フィロガリじゃあ、もっと皆さんが食べるようなものを出す店もありますんで」
笑顔で、女将が口を出す。けっこうな額の(王城から失敬した)ウルゲリア銀貨を出したので、女将はルートヴァンを王都の高級商人か何かだと思っている。
一行(と、云っても主に3人で、相変わらずペートリューは呑むばかりだし、ストラは少ししか口にしない)が遠慮なく海鮮料理に舌鼓を打ち、満腹となったところで、部屋でたっぷりと(ストラ以外は)睡眠をとった。




