第8章「うなばら」 1-2 ベゲット
喉を詰まらせながらも、プランタンタン、
「に、20億トンプだとしてもでやんすよ!!?? 3割7分で7億4000万トンプ相当の!! おた……おたかッ……!!!!
そのまま、両手を掲げたまま固まってしまう。
「…………」
潮風がプランタンタンの美しい薄金髪をなびき、ややしばらくそのままだったのでフューヴァが、
「おい、どうした、おい!」
と確認すると、
「こいつ、立ったまま気絶してやがる!」
呆れ果てて目をむいた。
「え、えっ、じゃ、じゃああ、ストラさん、おさっ、お、おさ、お酒のほうは……!」
「よくわかんないけど、とにかく貯蔵されていたものの内、同量ほどの転送に成功したよ。見る?」
云うが、ストラが次元窓を展開。本来なら各種実体兵器を格納する次元格納庫に、文字通り山ほどの金銀財宝と共に、数十はあるワイン樽が見えた。
「うひょほぇえッへははっはあああ!!」
意味不明の発声をあげ、今後の旅においてしばらく酒の心配のなくなったペートリューも、嬉しさと安堵のあまり、いきなりばったりと倒れ伏して気絶した。
「どうなってんだ、こいつら!」
フューヴァが、とにかく2人を起こした。
2人ともすぐに目を覚ましたが、そんなプランタンタンに6頭の狼竜が甘えた声を出し、すり寄った。
「そうだ、こいつらは、どうするんだ? これからも連れてくのか?」
そう云って、フューヴァは、誰でもない、ルーテルを向いた。
ルートヴァンは冷酷に口元を歪め、
「タケマ=ミヅカ様の御指示では、次の相手は恐らく北海の魔王……海を渡る。狼竜は、連れて行けないよ」
「じゃあ、どうするんで?」
プランタンタンが、ルートヴァンへ素直で素朴な目を向ける。
「みんなも、うすうす分かっているとは思うけど……」
ルートヴァンはそう云って、背後の、赤黒い空を白木の杖で指し、
「聖魔王の死により、ウルゲリアは、滅亡した。この沿岸部を含めた外周部を除き、およそ生き物の住める場所は無い。恐るべき濃度の魔力で汚染されている。あの、バレゲルエルフのいた森も、壊滅だろう……」
3人が、息をのむ。
「で、この6頭の狼竜は、おそらく最後の生き残りだ。逃がしてやってもいいが、生きて行けるかどうかは分からない……いっそ、ここで処分するのも、慈悲と思うよ」
フューヴァとペートリューは、やむなしと云った表情だ。家畜の扱いとしては、順当である。
「そんなん、ダメでやんす!」
「プランタンタン、聞いてなかったのか、連れてけねえんだよ。でかすぎるぜ、こいつら」
「そっ、それに、このへんで放してやっても、家畜を襲ったり、人を襲ったりして、ここいらの住民に退治されるかも……」
「それでも、この6頭からまた増えるかもしれねえでやんす。あっしらの飼ってたゲーデル山羊も、いったんそうやっていなくなりかけて、10頭くらいからまた増えたんでやんす」
3人が、同時にルーテルを見やる。
家畜に対する、考え方の違いか。それとも、人間とエルフの差か。ルートヴァンは肩をすくめ、
「確かに、適応力次第ではうまく繁殖するかもしれない……。では、聖下、逃がしてやろうかと思いますが……」
「いいよ」
きまった。プランタンタンが手早く竜達の大きなハーネスを外してやり、
「さあ、帰る森はもうねえでやんすが、無事にここいらで生きて行けることを願ってるでやんす。けして、人間の家畜を襲うんじゃねえでやんすよ」
云って、鋭く歯を鳴らすと、狼竜達が凄い勢いで走り去った。
「あの図体で、こんな海沿いにそうそう食うもんがあるとは思えねえけどな」
「お魚を食べそうにもありませんしね……」
フューヴァやペートリューの言葉も、もっともだ。可愛そうに、餓死するかもしれない。村を襲って、狼竜にとっても、村人にとっても悲劇になるかもしれない。
「だが、ウルゲリアを越えて南部の平原や北部の森林に、新しい住処を得るかもしれない……か。まさに、神のみぞ知る、だな」
生態学的には、狼竜はウルゲリア以外にも生息している。
だが、遺伝的に同じではないだろう。亜種というわけだ。種の保存という点では、ウルゲリアの滅亡と共に、ウルゲリア狼竜は絶滅したと同義なのだ。
ただ、この世界の住人に、そのような概念は無い。




